見出し画像

おむずかりエピソード。

 わたしはマジシャンである。あまり自己の職業をカテゴライズしたくないが、この場では分かりやすくそのように定義しておく。

 ところで職業としてマジックを行う場合、無料で出演するのは《基本的に》やめた方がいい(たとえテレビジョンの仕事でもわたしは金銭を要求する。そうでなければ、向こうが『売れないマジシャンを使ってやっている』などと勘違いをして、マジシャンはこの値段が相場なのだと認知してしまうから)。

 たとえば駆け出しの頃にストリートマジックをやっている最中などはよくお声がかかるケースがある。しかし、大抵の場合、無料か低価格でやって欲しいと言われる。駆け出しの頃に二つ返事でそれを軽々しく引き受けてしまうと、ほぼ確実にそれ以降も同じ条件でやることになる(一回のお試し価格みたいのでやってもいいが、大抵の場合その場限りで終わる。そもそも最初にマトモな謝金を提示できない程度の依頼人なのだから、そんな依頼主に毎年呼ばれるわけがない)。

 自分からの飛び込み営業の場合はそれでもいいが、向こうから依頼された時は、特殊技能としてそれ相応の価格を提示すべきだ。

 また、依頼する側には予算があって、その予算を使い切りたいというケースある。

 なので仕事を依頼された場合、相手の立場や目的を出来うる限り見極められると良い。

 ところで話は逸れるが、ストリートマジックを始めたばかりのマジシャンは『ステージでの場数が踏めない』と、思いがちだが、実際にストリートマジック経由で仕事を依頼されると、そこが宴会場である場合が多い。つまりクロースアップよりもステージマジックを求められるので、ここはおそらくいろいろと悩むところだろうと思う。

 このような依頼において、無料で場数を踏んでも緊張が生まれないので、大抵の場合は上手くはならない。

 もしも演技者が「自分にお金をもらって人前で演技する価値がない」と思っているなら自戒しないといけない。それは責任逃れに過ぎない。無料だからテキトーでも雑でも失敗しても大丈夫という気持ちが自然発生するのだ。

 責任感から逃避したい気持ちは分かるが、そこは、踏ん張るべきだ。依頼された時点で需要が生まれたということ。演技者に「価値」がある、「需要が生まれた」ということだから、たとえ辛くても金銭を受け取るべきだ。

 遊びでやってんなら別に無料でも構わないが、たとえ遊び感覚のバイトだとしても仕事にはお賃金というものは出る(が、やはり遊び感覚でするのは好ましくない。質が低下する)。

 そして通常の仕事(残念ながら芸能関係にはそれがないけれども)というものには最低賃金というものが定められている。なぜなら、そうしないと賃金が低すぎて最低限度の生活を維持できなくなるからだ。

 わたしはマジックなどの特殊技能を職業をタダでやることを容認することはできない。どんな仕事でも研修期間にも賃金が発生するのがあたりまえだ。だから未熟な研修期間でも生活できるだけの必要最低限度の賃金は出すべきだ。

『やりたいことをやっているのだから』

 と、言われて誤魔化されることもあるかもしれないが、惑わされてはならない。やりたいことをやっているからこそ、魅力的な演技ができるのだから、そこに大きな金銭が発生するのだ。

 仕事をタダでどうしてもやりたいのならやればいい。ただ、それは仕事とはいえない。また、その業界の質を下げるということを肝に銘じておくべきだ。「あの人はタダでやってくれたのだから、あなたもタダでやってください」などという状況になるリスク。周囲に与えるリスクを引き受けて、覚悟を持ってタダでやればいい。

 と言いながら、わたしも気軽に引き受けてしまう場合がある。

しかし、それはわたしが依頼者の要望を無視して自由に演技したい思った時だけだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?