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『まずはその常識やルール、一旦疑ってみよう』

こんにちは
白川悦子です


世の中の常識、ルールについて。

ルールみたいなものや同調圧力的なものはこの世に嫌というほど溢れてる。
わたしは性格上、ただ「ルールだから」ってそのまま飲み込むことができない。
やりたい放題周りに迷惑かけてもいいと思ってるわけじゃないけれど、納得できないと守りたくないし
みんなが納得できるルールに変えればいいじゃんって思うのだ。

そのままを飲み込む事ができないから、常識やルールと思っていることが絶対的なもので必ず守らなければならないものなのか、掘り下げて考えるようにしている。
肌感覚で「あれ?」「ん?」「何?」って引っかかる時は必ずこれをする。

そんなわたしは見る人から見たら扱いにくい偏屈かもしれないけれど、自分が納得できることをしようと決めたら格段に生き易くなったし
何より自分のことが好きになった。

わたしを作っている細胞が全部自分のモノになった感覚。

手足を動かすのも、頭のなかで考えることも、口から出る言葉も全部わたしのもの。
気持ちがいいしスッキリしている。




世の中に無数にあるルール。
当たり前の常識だと思い込んでいるものがたくさんある。

例えば



娘なら親の面倒はみるもの。
母親なら子供の面倒をみるもの。

先日ご相談を受けた方がこれにがんじがらめになっていた。

シングルマザーで
お仕事をしながら
親の面倒をみながら
子供の面倒をみながら
ご自分のこともしたいけれど時間もお金も労力も足りなくて、
もうカツカツで苦しい…というご相談。
ご自身のことを話しながら涙が溢れて、苦しい胸の内が伝わってくる。

この方のケースは、こどもは既に大きいし、親もそこそこ元気。
でも家族だからね、遠慮なく勝手なことを言ってくるんだよね。

子供には、食事の支度はまだなの?
と言われ、不機嫌さをぶつけられる。
親には、子供を置いて遊びに行くなんて勝手じゃない?
と言われ、たしなめられる。

家族からの要求は終わらない。
悪気はないけどendless…

まぁよくある話なんだけど、
この方がどうしてそんなに苦しいのかって答えは簡単で
そのルールが絶対的な常識だと信じていて
そのルールからはみ出ないようにしているから。

そのルールは破っても大丈夫だよと伝えても
絶対的な常識だと信じている限り鎖が外れない。

親も子供も、面倒みなくたってちゃんとやっていける。
うん、絶対大丈夫だし、そんな事で死んだりしない。

あなたがやらなくても大丈夫よとお伝えしても
「自分がやらなければいけない」
「自分がやるべき」
「自分がやらなければ誰もやらない」
そう決めているから耳の穴が塞がっている。



呪いのように身体中にまとわりつく「当たり前」だと思っているそれは
幼い頃に親や先生に言い聞かせられたことかもしれないしし、テレビやラジオや本の中から発せられたことかもしれない。

何十年も前に刷り込まれて信じていることって
往々にして世の中の常識とかルールに感じるけれど、実はそうじゃない。

それって実は自分で決めたものだ。
取り入れても取り入れなくてもどっちでもいいのよ。

親も子供も捨てていい。


いや、この方は捨てられないから苦しいのだけど
簡単に捨てられる人もいる。
やっちゃダメなんてこと、実は何もないのだ。

この方にやって欲しいのは
「わたし疲れたよ…」
「もうわたしできないよ…」
「誰か助けて…」
これを声に出して(頭の中で思うんじゃダメ)ちゃんと言うこと。
聞いてくれる人がいなかったら、だれもいない壁に向かってでもいいからちゃんと声に出して自分の声を自分の耳で聞くこと。

その言葉は怒って吐き捨てるんじゃないよ。
辛い胸の内をそっと優しく並べるだけ。
お母さんや子供たちに、そっと差し出してみてほしい。
多分涙が出ると思うから、たくさん泣いた方がいい。

まずはそこから。



そうは言っても。
自分がルールだと思うものを破るってハードルが高い。
他人から見たらどうでも良いことであっても。

わたしも以前には
「家事は主婦であるわたしがするもの」というルールを持っていた。
今となってはなぜそんなルールを絶対的な常識だと握りしめていたのか謎だけれど。笑

わたしばかりが家事をしてるって腹立たしく思っていたし、仕事と家事の両立に本気で嫌気がさしていた。
それでもなんとか自分を騙してやり続けていた時代。

やりたくないことはやらなくていいって教えてくれるひとがいても、
「そんなこと勝手に言うけれど、
じゃあ他に誰がやってくれるのよ!」
ってキレ気味に思っていたなぁ。

家事は主婦であるわたしが当然やるものって思い込んでいたけど
自分で勝手に決めたルールで
自分で思い込んだ常識だった。

食事の支度もその他の家事も、やめてみたら想像していなかった現実が現れた。
ミラクルに感じるけれど、そっちの方が当たり前だ。

まずはその常識だと思っているものを
一旦疑ってみるといいよ。

やりたいこと、自分が楽しいことだけで生きていいからね。
 







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