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YA 【砂の城】(8月号)
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「ミワ、起きてちょうだい」
瀬戸美和は、母に起こされた。枕元の目覚まし時計に目をやると、まだ朝の六時だ。
今日から夏休み。月ノ島中学校の授業のある日だって、朝七時に起きるのに。
美和は中学二年生になった。部活動に入ってない。早起きの必要はない。
「やだよ、眠たいよう……」
美和はもう一度、薄い布団の中にもぐりこんだ。布団越しに母の声が聞こえてくる。
「カズヤのラジオ体操についていってやって。昨日、頼んだでしょう?」
弟の和也は小学三年生だ。
近所の公園でやるラジオ体操に参加しなければいけない。一人で行ける距離だけど、和也は極度の人見知りだ。
「なんで、あたしが行くの」
美和が布団から顏を出すと、和也が正座してうつむいていた。首からラジオ体操のハンコを押すカードをぶら下げている。
しょんぼりしている弟を見て、美和は大きなため息をついた。
美和は友だちを作るのが得意である。頑張れば、初対面の人とも打ち解けることができる。
だから、弟の気持ちが解らない。
でも、
「泣くくらいなら、行かなければいいのに」
涙目の弟を放っておくわけにはいかない。
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月ノ島公園には、多くの子どもが集まっていた。近所のお爺ちゃん、お婆ちゃんの姿もある。
和也は美和にくっついている。
「仲のいい子いないの?」
イナイ、と和也はうつむく。
「友達になれそうな子は?」
和也は答えない。
美和は辺りを見回した。なんとか和也の友達を作って、一人でラジオ体操に来られるようになって欲しい。そうでなければ、夏休みなのに毎朝、美和まで早起きを強いられることになる。
「アッ」
砂場に、和也と同じくらいの男の子がうずくまって遊んでいる。
「イクヨ」
と美和は和也の手を引っぱった。
「よっ、おはよう! ねぇ、キミ、いくつ? 名前は? どこから来てるの? 一人? これ、うちの弟、仲良くして」
美和は早口に一気にたずねた。
一瞬、男の子はこわごわと砂の城から顏を上げた。けれども、何も答えずにすぐさま一人遊びにもどった。
と、突然、
「弟は九歳、名前はコトブキ、爺臭い名前だけど、今、小学三年生だよ。あっちの学区から来ている。私と二人でね」
代わりに、女の子が答えた。
「私は古川ジュリ。あなたとは違う中学校二年生。弟がその子と仲良くするかどうかは本人同士が決めることでしょ」
寿里はだるそうに前髪をかきあげた。鉄棒にもたれてスマホをいじっている。どうやら彼女も弟の付き添いのようだ。
「あ、は、初めまして……」
美和は緊張した。
美和が自己紹介しても、寿里は顔を上げない。
「ダカラナニ?」
そんな空気がピンと張り詰めている。
美和はいつもの調子が狂った。笑顔がダメなら、得意の冗談でも……、言えるような雰囲気ではない。どうしよう、話しかけてしまった手前こちらから立ち去りにくい。
すると、
「私らは友だちじゃないよ」
「イキナヨ」
と寿里は顎で向こうを指した。
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初日から一週間、美和は和也の付き添いでラジオ体操に通っている。
和也のスタンプカードはきれいに埋まっている。
それだけではない。
和也は、寿君と仲良くなったのだ。二人とも無口であまり話さないけど、ラジオ体操の前にもくもくと砂の城を作っている。協力して上手に城にトンネルをあけたりする。
「あーっ、崩れちゃったね」
美和が悲鳴を上げた。珍しく砂の城が崩れた。
二人ともだまっている。
美和は二人を見守っている。相変わらず、寿里は鉄棒にもたれてスマホをいじっている。美和は和也と寿君とラジオ体操をするが、寿里は体操をしない。弟の送迎だけをしている感じだ。
美和は寿里に言われた言葉がずっと胸に刺さっていた。
友だちじゃないよ。そりゃあそうだけど、未来の可能性まで否定しなくてもいいじゃないのよ。
いつもなら、美和は思ったことを口にするのに、寿里にはできない。スマホという壁にも阻まれている。
「画面ばかり見て何が楽しいんだか……」
美和の独り言は大きかったようだ。
寿里が顏を上げた。こちらをにらんでいるようにも見える。
「な、何よ」
美和は腹が立ってきた。
一週間も毎朝、顏を合わせているのに、会話がない。そもそもオハヨウと挨拶しているのに返事もない。
寿里がスマホをポケットにしまって、美和に近づいてきた。
「本当のことを言っただけじゃないの!」
先に、美和は声をあらげた。
ところが、寿里は美和の横を素通りした。砂場にしゃがみこむと崩れた城を直しだした。
「だいじょうぶよ、もう一度やってみな」
よく見ると、和也も寿君も涙目だった。砂の城の大崩壊に、二人ともショックを受けていたようだ。
美和はまるで気が付かなかった。
寿里が見守る中、もう一度、和也と寿君はトンネルを掘った。砂の城は少し傾いたけど、今度はトンネルは貫通した。声に出すかわりに、二人は笑顔になった。
和也も寿君も、この一週間で、互いの距離を慎重に縮めていた。
寿君は、和也が反対側から砂の城を作るのを拒まなかったし、和也もだまって、寿君が一人では作れないトンネル作りに協力した。
そこには美和が友だちを作る時によく使う手段、上辺だけの挨拶もテキトーな会話も相槌もない。
再び、寿里は美和の横を素通りして鉄棒にもたれた。それから、ポケットからスマホを取り出していじりはじめた。
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翌日の朝、目覚まし時計が鳴る前に美和は起きていたが、布団から出なかった。お姉ちゃん、と和也が布団越しに体をゆする。
(知るもんか)
寿君と友だちになったのだから一人で公園に行けばいい。母にも同じことを言われても、和也は行こうとしない。
布団の中で美和は唇をかんだ。
弟の付き添いで行ったラジオ体操で、一週間経っても寿里と友だちになれない。友だちどころか、相手にしてもらえていないような気がする。
こんなこと、美和の人生で一度もなかった。別に、どうしても寿里と友だちになりたいわけではないが……、屈辱だ。
よその中学校の子だから、
「気にすることないのに、あぁ悔しい!」
美和は叫ぶと、布団を蹴って起きた。
「行けばいいんでしょ行けば……」
「お姉ちゃん、遅刻する」
「どのみち遅刻決定だよ。スタンプは、最後にもらうから大丈夫だって」
今にも泣き出しそうな和也に、美和はのんびり歩いて答える。
二つ目の交差点を左に曲がった時だ。電柱のわきに、寿里と寿君の姿があった。
寿里は弟の手を引いている。互いに二人の姿を見つけえると、
「アッ」
と声をもらしていた。
「こら、急ぎなさいよ!」
寿里は怒鳴った。
美和は驚いて言葉に詰まった。
「心配したじゃないの……、弟が……」
美和は、寿里の嘘を見抜いた。
目をそらした寿里は、確かに、美和を心配してくれていた。わざわざ、公園の反対側の交差点まで、美和と和也を探しにきたのだ。
今日は、スマホをいじっていない。(いつから、ここで待っていたのだろうか?)
美和は寿里の横にならんだ。和也と寿君は、公園に向かって走っていく。
「寝坊?」
「うん、そんなとこ……」
今度は、美和が嘘をついた。
寿里は、そうと答えた。
ふいに、美和は、もうすでに寿里と友だちになっているような気がした。いつのまにか、友だちになった。不思議な気持ちと同時にうれしかった。頑張らなくても、ありのままの自分で友だちになれるなんて。
すると、本音がこぼれた。
「弟の付き添いで、いやいや来てるの」
「同じく」
寿里は返事をした。二人が公園に着くと、和也と寿君はならんで体操していた。気のせいか、二人ともいつもより楽しそうだ。
「良かった」
美和と寿里の声がハモった。思わず顔を見合わせた。
美和は気づいた。あたしたちには弟想いという絶対的な共通点があった。
その日をさかいに、美和と寿里は少しずつ話すようになった。
ある時、寿里は親友をなくした過去を語った。それ以来、友だちを作るのが怖いことも教えてくれた。
元に戻らない砂の城の崩壊。張り詰めていた空気の理由は、どうしようもできない過去にあった。
美和はただ静かに、寿里の話をきいていた。
夏休みの終わりに二人は連絡先を交換した。
美和の渡したノートの切れはしを、
「アナログも悪くないかも」
寿里は大切そうにポケットにしまった。
〜創作日記〜
スポーツは大好きなのに、ラジオ体操は嫌いでした。
おそらく「近所の目」とか「世間体」とか
本来の夏休みのラジオ体操には不要なモノが混入していて、
行かねばならぬ、が大嫌いでした(笑
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。