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YA【二つのかけら】(12月号)
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月曜日の授業が終わると帰り支度をして、吉野美雪は手帳を開いた。
二学期も今週で終わる。
週末はクリスマスだ。手帳に指したボールペンで、十九日の日付に×をつける。あっという間だな。思わず、ため息がこぼれる。
美雪の進路はほぼ決まっている。
愛知県ではなく、父親の実家の四国の高校へ進学するのだ。海と山に囲まれた過疎化の進む地域で、公立の小中学校は一校ずつしかなくて、唯一の高校も全校生徒数が五十人に満たない。
美雪の成績は、学年でもトップクラスだ。
万に一つ、学力の推薦入試の枠で合格できなくても、一般入試で不合格は考えられない。
「いいところだよ、きっと、美雪も気に入るはずだよ」
電話口の父親はいつもそう言う。
三年前、美雪が緑ヶ丘中学校に入学してまもなく、父親の勤める会社が倒産した。大企業倒産はテレビのニュースでも流れた。専業主婦の母は体が弱い。ショックから、家で寝込むことが多くなった。
そして、一足先に、父親だけが実家の漁業を継ぐ為に田舎へ戻った。
三年経って中学を卒業したら、美雪と母も父の田舎へ行く。これなら、美雪は転校をしなくてすむし、父が仕事に慣れた頃、家族みんなで暮らせる。
父親の決断に、美雪は反対も賛成もしなかった。他に、生きていく選択肢がない。そのくらい、父の失業直後の母は、憔悴しきっていた。
三年前に決められた進路のことは、誰にも話してない。美雪は一人で、胸に抱えていた。
「ミユキ、さよなら、また明日ね」
クラスメイトメイトが美雪に声をかけて教室を出ていく。美雪には親友と呼べる友だちはいない。
三年間、美雪は単独行動に徹した。必ずやって来る別れの時に、親友未満の同級生なら、精神的なダメージは少なくてすむ。
例え別々の高校になっても、同じ県内や交通の便の良い都会なら、親友に会うことはできるだろうけれど。父親の実家に行くには何本もの電車とローカルバスを乗り継ぎ、最後には船に乗らなければいけない。
父方のおじいちゃんと、おばあちゃんに会うのは何年ぶりだろう。物心ついてからは一度も会っていない。
美雪は三歳から始めた柔道が面白くなってきた頃だったし、ある時期を境に、父親の仕事は激務に変わった。
「商店街の方から帰ろうかな……」
美雪は席を立つ。
最近は、わざと遠回りをして家に帰るようにしている。美雪にとっては椿町が生まれ育った街だ。次に来られるのはいつになるのかわからない。引越までのカウントダウンのゴールが見えてきた。
寂しい? ちょっと違う。
儚いの方が、今の気持ちにぴったりだ。
お気に入りのガラスの人形が砕け散ってしまったような。形あるものが欠片になってしまい欠片を拾い合わせようにも見つけられないような。
美雪はぼんやりと廊下に出た。
すると、
「よ、よおっ!」
一学年下の反田流星が立っていた。
「あんた、何してんの? ここ、三年生のフロアだよ」
流星とは椿道場で一緒だった。
美雪は柔道をやめた。父親の失業直後、少しでも出費を抑える為だ。
「俺と付き合ってくんないかな?」
流星の大声が廊下に響きわたった。
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予定通り、美雪は椿商店街へ向かった。一歩ずつゆっくり歩く。ちらっと後ろに視線をやると、流星が付いて来ている。流星がシツコイのは知っている。
上背がある美雪は、男子の中では小柄な方だった流星とたくさん稽古した。倒しても倒しても、流星は起き上がり、美雪に向かってきた。メンタルは抜群に強かったが、お世辞にも、柔道が強いとは言えなかった。
次の角を曲がると商店街の正面だ。
道場に通っていた頃、行きと帰りにアーケードを歩いた。懐かしいな。美雪は少し速足になってから、思わず立ち止まった。
「なに、これ……」
時刻はまだ午後三時半過ぎだ。そ
れなのに、多くの店がシャッターを下ろしている。開いているのは、八百屋と金物屋それから靴屋……。数えるほどしかない。
しかも、オープンしている店もただシャッターを開けただけで、店の人の気配がしない。
「もしかして、これってデート?」
流星が美雪に追いついて無邪気に笑う。
美雪は答えない。
三年前はこんなじゃなかった。本屋も服屋も営業していた。あ、そうだ。お肉屋さんは? 美雪は走り出した。みんなで道場からの帰り道に、五十円のハムカツを買って頬張ったあのお肉屋さんは、まだやってるいるかな?
「ちょっ、待ってくれよ、俺、告白の返事をもらってないんだけど」
「ナイ……」
「何がないんだよ」
ちょうどアーケードの真ん中、お肉の西村と書かれた黄色の店の看板がない。肉屋の代わりにあったのは、緑色ののぼりを掲げた小さな食料品店だった。日本語ではない文字からすぐに、外国人の為の店だとわかった。
突然、ドアが開いて、店の中から外国人の客が出て来た。出入口に突っ立っている美雪の姿に、迷惑そうな仕草をした。
美雪の腕を、慌てて流星が引っ張る。我に返って、美雪は、スミマセンと俯いた。
こんなつもりで、商店街に寄ったんじゃない。大切にしている思い出を、もう一度、脳裏に焼き付ける為に、ここに来たのに。三年足らずでいろんな物が変わってしまった。
美雪のココロを置いてきぼりにして。
「ミユキ、肉屋がなくなったこと、知らなかったのか?」
こくんと頷くと、美雪はふらついた。
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ。とりあえず、ベンチに座ろう」
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どのくらい時間が経っただろうか。
「なぁ、寒くないか?」
美雪の顔を流星が覗きこんだ。ぶるぶる震えている。
「あっ、ごめんね。リュウセイは寒がりだったね」
冬場の練習前に、流星はいつも震えていた。小さな体で畳の上をぴょんぴょん飛び跳ねていたら、落ち着きがないと、先生に叱られたこともあった。そう、小さな体で……。
美雪は今、寒さしのぎに飛び跳ねている流星を見上げた。
大きくなったね。
背も伸びたね。
柔道をやめてから、流星を校舎で見かけることはあっても、二人だけで直接、話をすることはなかった。
美雪が柔道をやめた理由は、真っ赤な嘘から嘘とは言い切れない内容まで、いろいろなうわさが流れた。
美雪は沈黙を貫いた。
しつこい一部の女子と違って、流星がそれを追求してくることはなかった。あたしの事なんて興味がないんだなと、美雪は思った。
それがいきなり告白してくるなんて。
正直、びっくりした。
「俺、初段に合格したんだぜ!」
流星は学生服のまま組手のポーズを取る。
初段の受験資格は満十四歳からだ。美雪はもう柔道をやめていた。
変わったね、流星も。あんなに弱かったのに。
「オメデトウ」
声を上手く出せただろうか。
なぜ、こんなに物哀しいのだろう。受験はみんな同じ。高校生になって、みんな違う道を行くことも同じ。
それなのに最近、訳のわからない虚しさが、美雪を襲う。
思わず頭を抱える。
今日は感情が抑えられない。
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「何か、あった?」
「ナニモナイ……」
美雪は答える。
そう、ナニモナイ。変わらないものは、この世に何もない。大切にしたい思い出すら変わってしまう。
過去も今も未来も、時の流れに抗えず色褪せて行くものならば、一体、何を大事にすればいいの?
と、突然、
「キーヨシ、コノヨル、ホーシーハ!」
流星が大音量で歌い始めた。
「あんた、相変わらず、ものすごい音痴だね」
「いやーっ、それほどでも。って、そこ、感心するなよな」
それから、流星はクリスマスソングを連続で三曲歌った。美雪の前に仁王立ちになって応援団のように後ろに手を組んで。歌詞も音程もめちゃくちゃだけど、美雪の為に歌ってくれていた。
たまに、通行人がくすくす笑いながら通り過ぎて行った。
もしかしたら、流星は美雪が遠くへ行くことに感づいているのかもしれない。三年前のうわさの一つに、美雪の転校説もあった。流星の耳にも届いたはずだ。
「告白の返事、してもいい?」
美雪は立ち上がった。顎を上げてまっすぐに、流星の目を見つめる。
「どこへ行っても、あたしを見つけてくれる? 人混みの中でも、山の中でも、ひろい海で漂流しても、リュウセイは、あたしを見つけてくれる?」
言葉と同時に、涙がこぼれた。
「必ず見つける!」
すっと、流星は手を差し出した。
流星の手のひらは暖かかった。
別れ際、流星は使い捨てカイロを美雪に渡して、ぶんぶんと両手をふった。
「また、明日な!」
えくぼが二つ。変わらない笑顔が、そこにあった。
〜創作日記〜
この舞台は、私が子どもの頃、祖母によく連れて行ってもらった商店街です。つい最近、すっかり寂れてしまったことを知りました。みたらし団子、たい焼き、たこ焼きのお店、などなど。私の思い出の店は、もうありませんでした。記憶を書き起こしたくて舞台にしました。
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。