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YA【サヨナラを祝おう!】(3月号)


2017/3


p1

 森沢ヒナは前をいく二人の背中をぼんやりと眺める。
 脇本アカネと西村真帆が肩を並べて歩いていく。先月までろくに会話をしたこともなかった二人が、親友のように楽しそうにおしゃべりしている。
 ヒナは民家の庭から道に飛び出した木の枝に、手を伸ばした。枝先をぽきっと折る。シャープペンのようにくるくる回そうとしたけど上手くいかない。イラっとして、道に投げ捨てようとして止めた。
「あの時と同じだ……」
「んっ、ヒナ、なんか言った?」
 アカネがふりむく。
「あんたと初めてケンカした時のことを思い出した」
「あーっ、なつかしい」
 アカネは八重歯をのぞかせて、にこっと笑った。
 真帆は怪訝そうに首をかしげる。真帆はヒナに心を許してない。自分に向けられた警戒心に、ヒナはすごく敏感だ。偏見とか差別とか、そういうやつ。
 あの子、悪ぶってるわね、大人たちは勝手に決めつける。
 同級生たちは目を合わせているようで、合わせていない。ピントがずれたポイントで、ふわふわと視線を宙に泳がせている。今の真帆みたいにね。
「ヒナが雑巾を、わたしのロッカーに投げ入れたの」
「だから、ちがうって」
 ヒナは二人に近づく。
 イライラしたり、やりきれない気持ちになると、物を投げてしまうのがヒナの癖なのだ。

 一年生の時、何度目かわからない質問をされた。ヒナの髪は生まれつき焦げ茶色なのに。
 それを……、
「こらっ、髪を染めてるのか?」
 教師たちは口をとがらせた。
 その度に、同じ説明をした。段々、言い訳しているようなみじめな気持ちになった。
 あの日も職員室から解放されて、たまたま廊下の隅に落ちていた雑巾を拾って投げた。
 すると、アカネのロッカーに飛び込んだ。
「あれは、偶然なんだってば!」
「偶然にしては、ぽーんと飛び込んだけど!」
 アカネは、わざとよねぇと、真帆に同意を求める。
 思わず、真帆の頬がひきつった。
 中学校に入学したばかりの頃、真帆の心を深く傷つけた事件も、ロッカーに雑巾が投げ込まれたことだった。真帆は誰かに嫌がらせをされたと感じたが、まさか……。
「あの時、ヒナに向かって、雑巾を投げ返してよかった」
 アカネはあっけらかんと言った。
「えっ?」
 真帆はびっくりして息を飲んだ。
「そうそう、アカネって運動音痴の癖してコントロールが良くて。あたしの顔面に、ヒットしてさ」
 思い出して、ヒナは吹き出した。今でも、雑巾の生臭いにおいを覚えている。なにすんのよ! と投げ返された雑巾。
「なんだか笑うしかなくてね。それで中学の三年間、ずるずるとこいつと付き合っちまったわけよ」
 ぽんぽんと、アカネはヒナの肩を叩いた。


p2

「ねぇ、マシロ、遅いわね」
 アカネは真帆のことをペンネームで呼ぶ。
 真帆は詩人志望で、ペンネームでたくさんの詩を書いている。ヒナにとって天才のアカネよりも、さらに真帆は成績がいい。春になったら、みんなばらばらの進路をいく。
「そろそろ、歌の練習をしないとヤバくない?」
 下駄箱にもたれたまま、ヒナは言った。
 ヒナとアカネは卒業生を送る会で、三年生の代表として、後輩たちに自作の歌を贈ることが決まっている。
 送る会まで、あと数日しかない。
 さすがに、ぶっつけ本番は避けたい。
「まだ、歌詞に変更がありそうなのよ」
「スランプっていうやつ?」
「ぜんぜん。むしろ反対。たくさん詩を書きすぎて迷ってるのよ。その内のひとつの詩にわたしが曲をつけたんだけど、マシロが納得しなくてね」
 さらりと、アカネはいった。
 曲ができあがっていることを、ヒナは知らなかった。アカネと真帆は二人で会ったんだ。心の奥がざわっとした。


p3


 卒業生を送る会で歌を発表したいというアカネに、ヒナが付き合うのは、親友だからだ。
 十五年間生きてきて初めてできた親友。
 一ヶ月やそこらで仲良くなった真帆と自分を比べるつもりもない。
 それでも、
「曲ができているなら、それでいいじゃん」
 ヒナはイラついた。どうせ、真帆は檀上にはあがらない。大勢の人の前に出るのが苦手だそうだ。
「ダメよ、詩人は言葉を大切にするの。わたしも心をこめてピアノをひきたいし、ヒナも心を込めて歌うでしょう?」
 いきなり尋ねられて、ヒナは答えられなかった。
 そんなこと一度も考えたことない。歌うことが好きなだけだ。大声を出すと胸の内がすっきりする。体育館の檀上だろうが、風呂場の狭い浴槽だろうが大差ない。
「あんた、心を込めないつもりだった?」
「んっ?」
 ヒナはたじろぐ。
 アカネは鋭い。
「あのね、ヒナ、心の込もってない歌なんて、誰にも届かないわよ。わたしはね、形だけの思い出作りじゃなくてね……」
「わかった、わかったって……」
 アカネの説教は長い。
 ヒナは両手で耳をふさいで、しゃがみ込む。もう、隣りのクラスの真帆なんて待たずにさっさと帰りたい。
 と、そこに、
「待っていてくれたの? 森沢さんも?」
 真帆がやってきた。
 相変わらず、真帆はヒナのことを名字で呼ぶ。アカネのことは、アカネちゃんと呼ぶくせに。
 まぁね、と答えて立ち上がると、目の前が真っ暗になった。足がふらつく。また貧血だ。
「だいじょうぶ?」
 体を支えられて、ヒナは目を閉じたまま答えた。
 ダイジョウブ。
 本当は、心も体もジョウブじゃない。見た目で、差別や偏見の目にさらされるのは辛い。生まれつき、日光アレルギーに貧血。体が丈夫でないのはキツイ。
 でも、そう訴えたところで、誰が助けてくれるというの? 
 鉄分をとりなさい。ありきたりのアドバイスは聞き飽きた。休みなさい、そう言われても、休んでいればみんなに遅れをとる。追いつこうと速足になれば、体調不良でふりだしに戻る。
 抜け出せない悪循環。
 やれやれ。
 ゆっくりと目を開ける。アリガトウといいかけて、ヒナは言葉を飲み込んだ。体を支えてくれていたのは、アカネではなく真帆だった。
 真帆はヒナと顔が近づくと、恥ずかしそうにうつむいた。


p4

「遅くなってごめんなさい……」
 真帆が差し出した歌詞から、ヒナは目が離せない。
 アカネが覗き込む。
「アイム、オン、ユア、サイド」
 英語のタイトルに続いて、真帆の想いがつづられている。

 きみの笑顔がくすんでいて、
 ダイジョウブ?
 と声をかけようと
 近づいたとたんにきみのほうから
 ダイジョウブだよと
 声をかけられて。

 きみの心によりそいたくて、
 手をつなごうと、
 腕をのばした瞬間にきみは、
 ポケットに両手をつっこむから。
 ぼくはいつだってわかっていた。
 きみが全然ダイジョウブじゃないことを。
 ぼくはいつだって気づいていた。

 きみが懸命に強がっていることを。
 だから、離れ離れになっても忘れないで。
 アイム、オン、ユア、サイド。

「ぼくはきみの味方だよ、すてきな歌詞ね」
 アカネがつぶやく。
 ヒナは心を見透かされたような気がした。
 歌詞は続く。
 エニイタイム、どんなときも、ぼくはきみの味方だよ。
 味方……。
 真帆が選んだ言葉。
「あのぅ……、森沢さん、歌いづらいところがあったら言ってね」
 真帆は照れくさそうにうつむく。頬がぽうっと赤らんでいる。満足のいく詩を書けたみたいだ。
 これが、マシロの心だ。
「森沢さんじゃなくて、ヒナって呼んでよ」
 自然と口について出た。
 紙を折りたたんで胸ポケットにしまう。もうすぐお別れか。今更、こんな出会いがあるなんて。
 サヨナラ、さみしくない訳がない。それでも、いつも突然、サヨナラはやってくる。
 歌に心を込めるのなら……。
 そうだ、サヨナラを祝おう! 
 あたしはみんなとサヨナラを祝いたい。涙ぽろぽろのしんみりなんて、そんな柄じゃない。鼻の奥がつんと痛いのは寒さのせいだ。風景がかすむのはコンタクトのせい。頬をつたうのは、うれし涙だ。

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〜創作日記〜
これを書き終えた時、初めての三年間の連載を通せた安堵感がありました。事情があって、その時、私は「離島」にいたのですが、達成感と感謝とで涙、涙でした。泣き腫らした顔を、島の野良猫が見上げていました。どんな小説の裏側にも作家の実生活が隠れています。大切な思い出をありがとうございました(白川

©️白川美古都

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。