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YA【ナ・マ・イ・キ】(1月号)


2017/1


p1

 三学期の始業式が終わると、斎藤拓馬は鼻息荒く運動場へ向かった。上着は着ないで背中にひっかけたままだ。シャツのボタンを外しながら、速足で廊下を歩く。
 拓馬の後ろを悪友の二人がだらだら付いて来る。
「おーい、あんまり張り切るんじゃないぞ」
「もう、歳なんだからさ」
 土屋と竹井は顔を合わせてにやにやしている。
 拓馬はキッと二人をにらむ。
「ついてくんじゃねぇ!」
 今朝、拓馬は一学年下の反田流星の下駄箱に、はたし状を入れたのだ。
 二学期の終わり頃から、拓馬がひそかに思いをよせている吉野美雪が、流星と一緒に下校するようになった。
 告白現場を拓馬は見ていなかったが、すぐさま耳に入った。
 新年になってもクラスメイトの女子たちは、流星のうわさ話でもちきりだ。
「リュウくん、かわいいよね。くりくりした目がチワワみたいじゃない?」
「チワワみたいな顔なのに背は高いし柔道も強いらしいよ。しかも、一つ年下なんて、ミユキ、いいなぁ、うらやましい」
 当の美雪は苦笑するだけだ。
 それでも、否定しないのが、拓馬には腹立たしい。なにがチワワだ。強いチワワなんてへんだろう。本当に強いかどうか確かめてやる。はたし状は昨日の夜に、衝動的に書いた。
「タクマ、ヤバイことはするな」
「そうそう、受験生なんだぜ!」
 土屋と竹井は、イチオウと付け加えた。
 チクショー、こいつらは恋をしたことがないんだ。
 拓馬は唇をかむ。フリーの美雪に片想いしている頃は苦しい想いもあったけれど、ちいさな幸せもたくさんあった。
 英語の授業で美雪が朗読する時にはちゃんと起きていたし、廊下ですれ違った後はちょっとスキップをしたくなった。落としたシャープペンシルを拾ってもらった時は、にやける口もとをかくした。

 ナマイキなんだよ。
 告白だなんて。
 しかも、みんなのいる前で堂々と。
 おまけに、一学年下だぁ?
 俺がタイミングを見計らっている間に……。
 俺は告白できなかった訳じゃない。
 そう、イチオウ受験生だし……。

「でもよぉ、今時、はたし状って古くねぇ?」
「だいたい、なんて書くんだ?」
 土屋と竹井は二人で勝手に盛り上がっている。
「うるさーい!」
 拓馬は下駄箱の前でふりむいて怒鳴った。野次馬を追い払うつもりが、冷たい空気に思わず身震いして首をすくめた。


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「タクマ先輩、遅くなってすみませーん!」
 運動場の鉄棒の前に、流星は笑顔で現れた。
 はたし状には、『ほうかご、てつぼうのまえで』と書きつけた。紙がなかったので英語のノートを一枚やぶって、黒の極太のマジックで書いた。四つ折りにして、表には、『はたしじょう』、裏には『さいとうたくま』と。
 意味は伝わったようだが、流星にはまったく緊張感がない。
 学ランを脱いで鉄棒にひっかけると、
「鉄棒で懸垂でもやりますか?」
 再び、流星は拓馬に笑顔を向けた。
 デカい。
 拓馬は目の前の流星に少し引いた。身長は拓馬より三センチほど高く、体格は一回り? いや、それ以上だ。シャツの上からでも、流星の腕の筋肉が盛り上がっているのがわかる。

 土屋と竹井は少し離れた金網にもたれて、ほーっと声を上げた。
 拓馬も含めて三人組は決して小さい方ではない。こいつがデカすぎるのだ。それに、なんだ、この笑顔は? 俺に余裕を見せつけているのか?
「おいっ、チワワ、おまえに、タクマ先輩と呼ばれる覚えはない」
 拓馬は足を広げて低い声を出した。
 少しはビビるかと思ったが、
「ミユキから、いろいろ話を聞いてるんで」
 流星はけろっと言った。
 拓馬は言葉に詰まった。こいつ、吉野のことをミユキって呼び捨てにしやがった。それに、俺のことをいろいろ聞いてるだって? 吉野は俺のことをなんて言っているのだろう? 
 拓馬は完全に調子が狂った。
 流星は、一二三四と、声を出してストレッチを始めた。
「タクマ先輩も準備運動した方がいいっすよ。寒いと、怪我しやすいんで」
 こいつ、怪我しますよと、俺を脅しているのか? 
 拓馬はうわーっと大声を上げて、頭をふった。
「おいっ、チワワ、ついてこれるもんなら、ついてこい!」
 拓馬は叫ぶと走り出した。
 鉄棒の前から、ぐんぐん加速して体育倉庫の前へ。真正面からぶつかる風をかき分ける。体が熱を帯びてくる。そのまま、野球部のバックネットを目がけて走り続ける。


p3

 はたし状を書いたものの、拓馬も本気で流星と取っ組み合いの喧嘩などするつもりはなかった。
 少しからかって笑い者にして、モヤモヤした気持ちを晴らしたかった。いつものように悪ふざけの延長で。
 小学校時代の拓馬を知る者は、今のやんちゃな拓馬の態度に少なからず驚く。勉強一筋だった拓馬が変わったのは、中学受験に失敗してから。
 他人に失敗を同情されるくらいなら、笑い飛ばしてやる、開き直ってやる、本当はどうでもよかったんだよ!
 そんなふうに強がって。
 実際、二つ年下の弟が拓馬の落ちた中学校に合格した時、拓馬は震えるほど悔しかった。
 それでも、
「できのいい弟がいるとツライなー」
 髪の毛を茶色にして悪ぶることで、拓馬はやり過ごした。

「なかなか温まりませんね」
 後ろから声をかけられて、拓馬は我に返った。
 流星が拓馬に追いついて並んだ。流星の息は上がってない。顔色一つ変わってない。
 クッ……。拓馬はスピードを落とさずに野球部のバックネットに突っ込んでいく。
「お、おい、無茶だぞ……」
 土屋と竹井の心配は、拓馬の耳には届かない。
「何をするつもりだ?」
 そんなこと、拓馬にもわからない。世の中、思い通りにならない現実があるのはわかっている。
 でも、現実をすんなりと受け入れるほど、まだくたびれちゃいない。
 拓馬は勢いをつけたままバックネットに飛びついた。
 ガシャンという衝撃が、顔面に広がる。唇の端を切ったみたいだ。血の唾を吐く。金網にへばりついたまま空を見上げる。はっきりしない曇りだ。晴れ間がのぞきそうな雪が降り出しそうな、どちらでもおかしくない。
「の、登るんですか?」
 さすがに、流星は目を丸くした。


p4


 拓馬は力を込めて、左右の腕を交互に動かす。上へ向かって手を伸ばすのは気持ちがいい。
 流星もしっかり付いて来る。
 突然、風が吹き付けて、二人の動きが止まった。地上から五、六メートルといった所だ。
 拓馬は運動場に向き直って片手を放した。教師たちは来てない。
 しかし、こんなに目立つことをしてたら、捕獲されて説教されるのは時間の問題だろう。
 隣りを見ると、流星も同じようにポーズをとっていた。
「やっぱ、タクマ先輩はすごいっすね……」
 ぽつりと、流星がつぶやいた。
「な、なんだよ急に」
「タクマ先輩のこと、スピッツみたいだって、ミユキが言っていた。いつも、自由に飛び回っていいなぁって」
 なぜか流星は声をつまらせた。デカイ体を震わせて鼻声になった。
「オレ、ルールを破ることが怖いっす……」
 拓馬は流星の横顔を見つめた。
 吉野と付き合えて幸せいっぱいという表情ではない。そう言えば、吉野もちっとも浮かれてない。相変わらず、どこか遠くを見つめていることが多い。
 こいつら、同じ顔しやがって……。
「ナマイキなんだよ」
 思い通りにならない現実をすんなり受け入れて。しっかり傷ついちゃって。つまらない大人みたいだ。
 俺は絶対に嫌だ。結果を変えられなくても悪あがきしてやる。そして、全然平気なふりをするんだ。
「おいっ、チワワ、教師が来たら、俺に登らされたって言え。わかったな?」
「えっ? あ、はい」
 教師は来なかった。
 代わりに、土屋と竹井が近づいてきた。
 拓馬と流星の鞄と上着を持っている。もういいだろう、と。
 先に流星はフェンスを降りだした。
 拓馬は地面に視線を落とした。一瞬、このまま手を放して、落下したい衝動にかられた。
 けど……、
「タクマ、帰るぞ!」
 真下におせっかいな友ダチがいる。チクショー。
 帰り道、拓馬を真ん中にはさんで、土屋と竹井は大騒ぎした。つまらない漫才なんてしなくていいよ。声に出さずに、拓馬はつぶやいた。

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〜創作日記〜
空のある運動場はとても大切な場所です。空の色や空のにおい、そういうのを肌で感じることができる。そういう生の感覚は、室内の体育館では得られない。突然、雨が降ってきて、風が吹きつけて、落ち葉が舞って、そういうの、すごく大切なモノが環境破壊で失われてしまった。

©️白川美古都

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。