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©️白川美古都

 

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 月ノ島中学校の一年二組の青山瑠美は、今夜も、テルテル坊主を作っている。十月中旬の体育祭まで一週間を切った。お母さんにもらった大量の古着の端切れは残り少ない。
 瑠美はテルテル坊主の目を刺繍して、首にリボンを巻き付けた。それから、ベッドの横の小窓に逆さまにして吊るした。
 パンパンと、柏手を打つ。
「体育祭の日、雨が降りますように!」
 小窓のテルテル坊主は十個。
 全て逆さま。
 瑠美は運動が嫌いだ。
 家庭科が好きで、特に手芸が大好きだ。将来はデザインの道に進みたい。好きなことをしているとワクワクしてくる。
(どうして嫌いなことをしないといけないのだろう?)
 意味がわからない。
 体育祭に反対というわけではない。運動が好きな子だけでやればいいのに。
「あと、古着の端切れはこれだけ……」
 ハンカチよりも小さな布で、瑠美は器用にミニのテルテル坊主を作り始めた。キーホルダーのサイズに仕上げて鞄につけようっと。もちろん、逆さまに。
 瑠美の出場種目は走り幅跳びだ。
 種目決めのホームルームで、運動音痴の子たちとジャンケンをして勝ち取った競技だが、中止になるのが一番いい。
 最後の布は藍色で、金色の星が散りばめられた模様だ。
(かわいい)
 瑠美は布の表をなでると、ちくちくと針を動かしはじめた。
(楽しい)
 布に針を通すだけで心が躍る。木綿を詰める穴を残して、輪っかを作っていく。
勉強机の前で裁縫しているととても静かな夜を感じる。自分だけの世界ってすごく気持ちいい。


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 翌日、瑠美は鞄にテルテル坊主のキーホルダーをぶら下げて登校した。誰もキーホルダーが逆さまなのに気付かない。みんな自分のことに忙しいのだ。
 瑠美は席につくと、急いで英語の教科書を取り出した。手芸のせいで予習をしていない。
 意味のわからない単語を辞書でひいていた時だ。
「おまえのテルちゃん、逆さまだぜ!」
 水野剛が言うやいなや、キーホルダーに手を伸ばした。
「止めて! それはそのままでいいの」
 思わず、瑠美は口にしていた。
「よくない、雨が降っちゃうだろう?」
 剛は口をとがらせた。
 瑠美と剛は家が近所で、小学校の集団登校では同じグループだった。子どもの頃は仲良しでよく遊んでいた。
「リ、リボンの長さが足らなかったの」
 とっさに、瑠美は嘘をついた。
 体育祭を楽しみにしている子もいる。彼らを敵に回したくない。
 ところが、剛は首をかしげた。わざと絡めてあるリボンをほどいて、なんとしてもテルテル坊主をまっすぐにしようとしている。
(あぁ面倒臭い)
 瑠美は顔をしかめた。いつもなら、瑠美の手作りのペンケースにも興味を示さないのに。
「ちょっと、破れちゃうから止めてよ」
 瑠美が怒ると、
「この星いいな。金色は一等賞の色だ」
 剛は手を止めてつぶやいた。それから、テルテル坊主の布を見つめた。
「あんた、いつからロマンティストになったのよ! 底なしの食い気と、スポーツくらいしか能がないくせに!」
(ちょっと言い過ぎたかな……。まぁいいや)
 瑠美は顔をそむけて、となりの席の剛と反対側に鞄をかけ直した。
 すると、
「なぁ、同じ布で鉢巻き作ってくれよ」
 剛は真面目な顔でお願いした。


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 その晩、瑠美の部屋にお母さんがやってきた。手に少し布の端切れを持っている。
 お母さんは瑠美に尋ねた。
「ルミ、ツヨシくんの様子は、どう?」
「えっ? ツヨシが、どうかしたの?」
 瑠美が首をかしげると、お母さんは教えてくれた。
 剛の母親が入院したこと。近所の婦人会で一緒だから、みんなでお見舞いにいってきたこと。
 その時、偶然、剛と会ったそうだ。
 剛はお見舞いの花束をうけとると花瓶にいけて、きちんとお礼を言ったそうだ。なんだか無理して笑っていたという。
「お母さん、そんなの気にしすぎよ!」
 そうは言ったが、瑠美には花をいける剛の姿が想像できなかった。
「でもね、母親が手術するのって不安だと思うわよ。妹さんもまだ小さいし。帰り際に見送ってくれてね、ツヨシ君は願掛けをしたって言っていたわ。手術が成功するように、体育祭で一等賞をとるんだって……」
 お母さんの言葉に、瑠美は絶句した。
 剛は短距離走に出る。
(体育祭の一等賞と母親の手術と何の関係があるのよ? そんな自分を追いつめるような願掛けして、二等賞だったらどうするのよ?)
 剛はすごく足が速いけれど、ドジしてコケることもあった。
 それに小学校と中学校はレベルが違う。もっと足の速い子がいるかもしれないのに。
「ルミ、まだ布が残っていたから」
 お母さんは藍色の布を手渡した。
「あ、ありがとう」
 剛がいいなと言った模様の布だ。
「ルミ、これって」
 お母さんは逆さまのテルテル坊主を見て、小さなため息をついた。
 お母さんは、瑠美が運動を嫌いないことを知っている。
「私の願いと、ツヨシの願いが違うだけよ。それに、こんなオマジナイが本当に効くわけがないでしょう。効くわけが……」
 一瞬、瑠美は、オマジナイが効いてしまって、大雨が降ることを想像した。窓越しに雨を眺める剛の横顔も。胸が詰まる。
(何よ? この気持ち……)
 お母さんはだまって、瑠美の部屋の分厚いカーテンを閉めた。
 カーテンの金具に引っかかって、いくつかのテルテル坊主が逆さまの逆さまになった。


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「これ、いらなかったら、捨てて」
 翌日、昼休みの自主練にむかう剛に、瑠美はハチマキを手渡した。
 昨夜、瑠美は端切れでハチマキを作った。
「いいのか? おまえとお揃い?」
 ツヨシは目を丸くした。
 クラスメイトの視線が集まる。
「バカじゃないの。布が余っていただけよ。もう返して!」
「嫌だ! サンキューな!」
 今度は、剛はむじゃきな笑顔を見せる。

 昨夜、瑠美は眠れなかったのだ。
 剛の願掛けを笑えない。
 瑠美もよく神様にお願いごとをする。例えば、一夜漬けのテストの日、このページから問題が出ますように。修学旅行のバスの座席が仲良しの子の隣りになりますように。
 ちょっとした願掛けから、神様が困るようなとんでもない願掛けをしたこともあった。
 飼い犬が元気になりますように。
 小学生の時、青山家の十五歳を迎えたお爺さんのミックス犬、星は病気になった。日に日に弱っていく星に、瑠美とお母さんは骨のぬいぐるみを作った。星の大好きな骨の形のキャンディーだ。小さな布製の骨のぬいぐるみを、星はうれしそうにあま噛みした。
 そして、瑠美とお母さんの作ったキャンディーに囲まれて、星は死んだ。今度は、瑠美は、星を生き返らせてくださいとお願いした。
 一人でキャンディーを七十七個作ったら星が戻ってくると、願掛けした。しかし、一人では作れなかった。そんなことを思い出していたら、自然とハチマキを作っていたのだ。

「オレ、頑張って一等賞になるよ。それで、クラス優勝もしようぜ!」
「はっ? あんた、まさか、それも願掛けしたの?」
「な、何で知ってるんだよ……」
 剛は照れ臭そうに頭をかいた。
 ますますクラスメイトの視線が集まる。
「とにかく短距離走をがんばりなよね。私の幅跳びには期待しないで」
 瑠美は冷たく言い放つと席についた。
「ちょっと、待てよ。幅跳びのコツは、地面を強く蹴ることだぞ。こんなふうに、踏みきり板の前で少し膝を曲げて……」
 剛は瑠美を追いかけてきて力説する。その頭には、渡したばかりのハチマキがある。
 藍色の空にまたたく星。星、星、星がいっぱい……。自分だけの世界の扉が開いて、大きな宇宙が広がった。
 風が吹き抜ける。気持ちがいい。
「おまえ、何、泣いてるんだよ」
 剛に言われるまで、瑠美は涙に気づかなかった。
「ち、ちがうわよ、これは……」
 瑠美は前髪で顔をかくした。そう言えば、いつも自分の作りたい物を作っていた。誰かにお願いされて裁縫したのは初めてだ。
 神様は、剛の願いを叶えてくれるだろうか? そんなこと、わからないことくらい、わかってる。
 今、できることは……。
 瑠美は手をのばして、鞄につけたテルテル坊主のキーホルダーをまっすぐに直した。それから、青い空の下でかけだして、バーンと、地面を力強く蹴る自分の姿を想像した。

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〜創作日記〜
私は運動会が好きではありませんでした。
スポーツをやり始めるまでは。
特に、親が観にくる運動会は「親の緊張」や「親の視線」が気になって
(転ぶと怒られる)
わざとスピードを落とすから2位か3位に落ち着く感じでした(笑

イラスト:87hero様

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。