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YA「ここじゃないどこかへ」(3月号)


2015/3


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 中学校は春休みに入ったばかりだ。もうすぐ二年生になる宮間俊一は、一歳年上の従兄の筒井圭を連れて、大須商店街を歩いている。薄っぺらな紙のマスクの下で、鼻がむず痒い。花粉症の薬を飲んでいるせいで、頭がぼんやりして体がだるい。
「シュン、甘栗を売ってるぞ」
「おい、でかい声を出すなよ」
 俊一は周りを見回す。
「甘栗は婆さんの食い物だぜ」
「そうなの? うまいよ、おまえも味見してみろよ」
 圭は、俊一の母の姉の子どもで、愛知県の離島で生活している。海に囲まれた島で暮らす圭と顔を合わせるのは、去年の盆の墓参り以来だ。
 圭が漫画を欲しいと言うから、古本屋に連れて行くところだ。
 商店街は想像していたよりも空いている。
 でも、オノボリサン状態の圭はめちゃくちゃ目立つ。それに、一歳年上でも、イガグリ頭の格好悪い圭に、シュンと呼び捨てにされるのは、ちょっとイラつく。
「おっ、唐揚げもあるぞ! あぁ、すっげーいい匂い。おれ、食いたい」
「ケイくん、後にしろって」
 と言いかけて、俊一も思わず立ち止まる。
 大須商店街に、テイクアウトのうまい唐揚げ屋ができたと、うわさで聞いたことがある。この店か。背後からやって来た客に前に押し出されるように、俊一と圭は店頭に立った。
「おれ、チーズ味にしよう」
「味が選べるの? へぇー」
 俊一も店のメニューを覗き込む。
 圭がチーズ味の唐揚げを一パック注文してから、俊一はチリペッパー味を頼んだ。ベンチに腰かけて、唐揚げが揚がるのを待つ。
 ふいに、冷たい風が吹き抜けて、俊一は肩をすぼめた。
 今日は灰色のスウェットの上下に、薄い黒のパーカーを一枚着てきた。ダウンをはおろうか迷ったけれど、お気に入りの橙色のダウンは、兄の洋一が勝手に着て、どこかへ出かけてしまった。あいつ、どこへ行ってるんだろう。


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 最近、俊一は、この春に高校二年生になる兄と口をきいてない。喧嘩をしている訳ではないけれど、兄はいつも不機嫌そうな顔をして、飛び出すように家を出て行く。母が口うるさく尋ねても、行先を告げない。
 俊一はついこの間まで、兄のことを格好良いと思っていた。だるそうなしゃべり方も服装も、長い前髪も茶髪も真似した。でも、今は、似ていると言われると嫌だ。おれは、おれだ。兄ちゃんとは違う。ダウンを勝手に着られるのはムカつく。
「寒っ……」
「シュン、なんで厚着してこなかったのさ?」
 圭は青いジャージの上下に、もこもこの濃紺のジャンバーを着ている。工事現場のオジサンじゃあるまいし、その服装はないだろう、と言いたいが、今は暖かそうで少しうらやましい。圭の辞書には、ファッションなんて言葉はないのだ。
「そんなことよりさ、ケイくん、なんで、いきなり、うちに来たんだよ。まさか、春休みの間、ずっと、こっちにいるつもりなのか?」
「オバサン、いたいだけいていいって、言ってくれたよ」
 ジョーダンだろう? という言葉を、俊一は飲み込んだ。くしゃみが出そうになったからだ。
 ただでさえ狭い団地に、春休みの間だけとはいえ、圭が泊まるのだ。昨夜は、六畳の子ども部屋に三組の布団を敷きつめた。
 俊一は一番隅に、圭は真ん中で、洋一はドア側に敷いた布団に寝た。俊一が起きた時には、洋一の姿はなかった。
 圭は大口を開けていびきをかき、大の字で寝ていた。前に会った時より、圭の体はものすごくでかくなっている。
 注文していた唐揚げが揚がった。大きな縦型の紙カップに、唐揚げがぎっしりと詰まっている。
 圭は待ちきれないというふうに、唐揚げに竹串を突き刺して、口の中に放り込んだ。まだ熱いぞ! という、俊一の声は遅すぎた。
「あちっ、はふっ、あちっ!」
 圭は商店街の通路の真ん中で、口をおさえて飛び跳ねる。通行人がくすくす笑う。
 圭は何とか鶏肉を飲み込むと、大声で叫んだ。
「これ、めっちゃうまいで!」
 俊一はため息をついた。恥ずかしすぎる。母から小遣いをもらったけど、田舎者の御守りなんて断れば良かった。


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「春休みの間に、いくつか、高校を見学したいんだよ。シュン、ついてきてくれよ」
 二人は商店街の路地裏で民家の壁にもたれて、唐揚げを食べている。
「ケイくん、中学を出たら、家を継いで漁師になるんじゃないの?」
 俊一は、親からそんな話を聞いたことがある。
「なるよ。だけど、高校も行きたいんだ。島には高校がないから、とりあえず寮のある高校に入る。それでさ、工業高校にするか農業高校にするか迷ってる」
「はーっ? どっちも違うだろうよ」
 俊一は唐揚げに串を突き刺す。
「漁師って、水産高校じゃないの?」
「水産高校なんて、絶対に嫌だ。おれ、島に戻ったら、すぐに、父ちゃんの船に乗るんだぞ。内地では、全然違うことをしたいよ。それに、工業でも農業でも、手に職をつけておけば、将来の選択肢が広がるだろう」
 圭は残り一個になった唐揚げに、チーズの粉をこすりつけている。
「将来の選択肢か……」
 俊一は、圭の横顔を盗み見た。何も考えてないようで、ちゃんと将来のことを考えているんだな。そう思うと、ついさっきまで田舎者だとバカにしていた圭が、急に、自分より大人のような気がした。
 豪快に鶏肉をほおばる姿もなんだか頼もしい。
 俊一は、チリペッパーで真っ赤な唐揚げを、紙カップごと、圭に押し付けた。
「食べていいのか? ありがとな!」
 圭の瞳に日が差し込む。きらきらと輝いているようで、まぶしい。何となく、俊一は目を逸らした。
 一瞬、イガグリ頭の工事現場のオジサンが、自分より恰好良く見えた。ざわざわと、心が落ち着かない。前髪をかきあげる。
 と、その時、商店街を、見慣れた橙色のダウンが横切った。
 兄の洋一だ。一人でポケットに手を突っ込んで、他人を威嚇するように大股で歩いている。相変わらず不機嫌そうな目つきに、通行人が洋一を避ける。
「あれっ? ヨウちゃんじゃない?」
 圭も洋一に気づいた。


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 圭は唐揚げを口に押し込むと、洋一に向かって、おーいと手を振った。
 洋一は、俊一と圭の姿に、ぎょっとした。それから、速足になった。圭は首をかしげて、しつこく手を振る。
 洋一は小走りになった。この先に、以前は俊一と二人でよく行った、お気に入りの古着屋がある。
 しかし、そこへ向かっているようには見えない。ちょうど、今日は小遣いの前日だ。洋一は金を持ってないはずだ。
 俊一には、洋一が圭から逃げた理由が何となくわかった。こいつの傍は、居心地が悪いのだ。ファッションでも、流行でも、自分の方が最先端に近い場所にいるはずなのに、圭に対して、まるで優越感を感じない。
 それどころか、妙に気持ちが焦る。
「待ってよ、ヨウちゃん!」
 圭は走り出そうとした。
「おいっ」
 思わず、俊一は圭の肩をつかんでいた。
 兄の後を追いかけて欲しくない。
 あいつに目的地などない。ただ闇雲に、行く当てもなく、土地勘のある場所を歩き回っているだけだろう。
 先日、両親が洋一について話していた。このまま欠席が多いと、高校を留年するかもしれないと。そうなったらおそらく退学するだろう。
 今の時代、高校を卒業しないと、将来の選択肢は限られる。
「高校の見学だけど、一人で行って来いよ」
 俊一はつぶやいていた。自分と兄の姿がたぶって見えて、訳もなくイラついた。
 圭は、見るもの全てに素直に反応する。嬉しい、悲しい、そして、怒るときにはちゃんと怒る。
 俊一は鼻をすする。いつからだろう、他人の目が気になるようになったのは。はしゃいだらバカにされないだろうか、人からナメラレナイだろうか。そんなことばかりが頭をよぎって、俊一は上手く笑えなくなった。
 不安な気持ちを隠す為に、同級生の一生懸命の姿を馬鹿にしたり、気の弱いやつをからかったりした。
 でも、そんなことをしても、ちっとも楽しくなかった。心のどこかで、何かに夢中になれるやつが羨ましかった。
 圭ならどこの高校へ行っても楽しく過ごせるだろう。それに、こいつには島がある。
 故郷に帰れば、漁師という仕事が待っている。いや、仕事だけじゃない。他にもいろいろ待っているモノがあるから、こんなにも輝いているんだ。
「シュン、春休みに、用事でもあるのか?」
 圭の問いに、あぁと、バレバレの嘘をつく。
 俊一にも目的地などない。ただ、はっきりとわかっていることは、ここじゃないどこかへ行きたい。家でも学校でもない。でも、それがどこなのかまだわからない。

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〜創作日記〜
大須という具体的な地名が出ていますね。今更ながらですが(笑 多分、今の担当さんはこれNGだろうな。教育雑誌ということで、メッセージ以外にも細かなところに細心の注意を払っていたのですが。自分の体験談を元に創作すると、こんなもんです(冷や汗

©️白川美古都


新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。