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YA【ダイヤモンド・ケージ】(2月号)


2017/2


p1


 つけられている。
 学校からの帰り道、西村真帆は立ち止まった。校門を出て角を二つ曲がって、もうすぐ公園の前にさしかかる。いつもの帰宅通路。ひとり鞄を胸に抱えて、マフラーに顔をうずめるようにして、速足で歩く。
 二人組が後ろにいるのはわかっていたが、自分とは無関係だと思っていた。しかし、真帆が止まると、影も止まった。恐る恐る真帆がふりむくと、影は電信柱に張り付いた。
 真帆は首をかしげて、黒ぶちの眼鏡を押し上げる。
「アカネ、隠れなよ!」
「ヒナ、無駄だよ。とっくに見つかってると思うけど……」
 影の一人はやる気まんまん、もう一人は隠れる気はあまりないようだ。 学校指定の上着は真帆と同じだ。廊下で見かけたことがある。隣りのクラスの女子かな? 名前は浮かばない。
 まぁ、いいや。
 再び、真帆は歩き出す。
 車の音が遠ざかり静かな住宅街に入る。さらに五分ほど歩くと、真帆の家がある。
 家族三人が暮らすには広すぎる家。おまけに両親は共働きでほとんど家にいない。
 二階の十二畳の部屋が、真帆のお気に入りの自分の部屋だ。
「家に入っちゃうよ!」
「あの子、本物かな? 違っていたら、ショックかも……」
 まだ二人はついてきている。
 真帆はふりむく。
 アカネと呼ばれた子は、真帆に完全に姿をさらしている。
 あっ、思い出した。脇本アカネだ。真帆の読みたかった本が、学校の図書館で貸し出し中で、一週間待ったことがある。
 先客はアカネ。
 あれは、ゲーテの詩集だった。
 真帆は二人組のどちらとも、三年間で同じクラスになったことはない。きちんと会話をしたこともない。
 もっとも真帆は集団行動が苦手で、別に、友だちも欲しいと思ったことはない。ひとりで家にこもっているのが好きだ。
 家のドアの前で、ぺこっと、真帆は会釈した。
 相手がわかった以上、無視するのも気が引けたから。しかし、深く関わるつもりはない。急いで家のカギを取り出す。
 ドアを開けて家の中に入ろうとした瞬間、
「マシロ? あなた、マシロなの?」
 辺りに、アカネの甲高い声が響いた。


p2

 真帆は硬直した。
 マシロとは、真帆がネットで自作の詩を発表する時に使用しているペンネームだ。漢字で真白と書いてマシロと読む。
 ローマ字で表記することある。
 どうして、その名前を知っているの?
 ネット上で、真帆は本名を明かしてない。自撮りして自分の画像をアップしたこともない。
 周りの誰にも知られないよう細心の注意をして、ブログに自作の詩を載せている。コメント欄は書き込めないようにしてある。
 ただ自分の作品を誰かに読んで欲しい、すごいと思われたい、共感して欲しい。
 けれども、批判されたり、攻撃されたりするのは怖い。
 今は、大好きな詩を書いて、それを読んでくれる人々がいるだけで純粋に楽しい。
 でも、
「夢は詩人になること」
 アカネの言葉に、真帆の耳はまっ赤になった。
 ブログの作者のプロフィール欄に書かずにいられなかった。
「ほんものなの? ヒューッ!」
 ヒナが口笛を吹いた。
 アカネは真帆の元にかけよってきた。
「歌の歌詞を書いてくれない?」


p3

 真帆は混乱していた。
 アカネとヒナを家に上げてしまった。成り行きというか、大声の二人組へのご近所様の目も気になったし、とても寒かったし。
 上着を脱ぐと、制服の名札が見えた。
 森沢ヒナ。
 やっぱり知らない。
 最初は、一階のリビングに通したものの広すぎて落ち着かなかった。仕方なく二階の自室へ案内した。一歩中へ踏み込んだ途端、二人は口をぽかんと開けた。それから、ひろーい、ヤバクネ? と連発しながら部屋を歩き回った。
「あのぅ……。どうして、わたしがマシロだって……」
 真帆はちょっと勇気を出した。
「この間の満月と雪だるまの画像を見て気づいたの。投稿場所が、うちの中学校の近辺になっていたから」
 アカネは歩き回るのをやめた。
 あっ……。
 真帆には心当たりがあった。

 つい先日、この地方に大雪が降った。
 数日降り続いた雪は、満月の日にやんだ。
 真帆は嬉しくて、ひとりでベランダに出て雪だるまを作った。画像を撮って詩をつけてブログにアップした。
 月が泣いている。
 興奮気味に書き上げた詩と同時に画像をアップした時、自分の位置情報を知らせないよう設定するのを忘れた。
 数日後、ミスに気がついて直した時にはブログの訪問者数はいつもより多くなっていた。
「前から気にはなって覗いていたの。ゲーテの詩の引用があったから。真白と書いてマシロというペンネームも、真帆と似ているし。私、あなたの詩のファンなんだ」
 アカネは真顔で告白した。
「よし、あたしもあんたのファンになるよ」
 ヒナは軽いノリで言った。
「か、からかわないで……」
 真帆は脇の下をへんな汗が流れるのを感じた。
 鞄を部屋のすみにおいて、上着をハンガーにかけてしまう。机の上の開きっぱなしの数学の問題集を閉じる。片づけるふりをしながら、ちらちらと二人組を観察する。
 賢そうなアカネはともかくとして、森沢ヒナ、真帆はこういうやんちゃな子と違う高校に行く為、三年間、息を潜めるように大人しくしていたのだ。あと二ヶ月。普通に受験すれば、それなりに良い高校へ通える。
 と、突然、
「月が泣いている。歴史を塗り替える大雪に、人間界では、お祭り騒ぎだ。人は喚く。クラクションが鳴る。機械の一部が壊れて、電気が点滅する。メッソ、メッソ。メッソ、メッソ。雲に覆われて、月が泣いている……」
「ちょっと、止めてって!」
 アカネは真帆の詩を暗記していた。
 すらすらと暗唱されて、さすがに真帆も恥ずかしくなった。
 詩を書き上げた時は少なからず自信がある。
 しかし、こんなふうに誰かに読み上げられたのは初めての事だ。
「すごっ、それがこの子の書いた詩なの?」
 案の定、ヒナは何もわかってない。
「お、お茶を入れてくるから座ってて……」
 真帆は階段を駆け下りた。
 一瞬、部屋の中をいろいろ見られやしないかと心配になったが、アカネがいるから大丈夫だろう。
 ゲーテ詩集、脇本アカネ。
 少し興味がわいてきたけど、何を今更……。キッチンで、真帆はお客様に出す紅茶の缶を探した。


p4

 来月、卒業生を送る会がある。
 メインは後輩たちの出し物だ。その送る会で、卒業生の代表も、後輩たちへお礼の出し物をする。アカネとヒナは代表に立候補して、舞台で自作の歌を披露するというのだ。
「それで、わたしがその歌詞を書くの?」
「ピンポーン! ボーカルはあたしで、作曲はアカネがするから」
 ヒナは紅茶をすする。クッキーをぼろぼろこぼしながら食べる。
「先輩によると、卒業生の代表は人気がないらしいの。それでも、確実に私らがモノにするには、あなたの文学的な詩が必要なの」
 アカネは紅茶の香りをかいで、一口飲んで、アールグレイねと微笑んだ。当たりだ。
 真帆が大好きな紅茶の種類だ。詩を書く時には、リラックスする為に、いつもアールグレイを飲む。
 アカネは真帆の目を見つめて続ける。
「私は後悔しているの。課外学習に修学旅行、文化祭に運動会に歌のコンクール。なんだか、どれもこれも他人事なのよ。上手く言えないけど、その時は、それがすごく貴重に思えなくて、あまり真剣になれなかったの」
 真帆はカップに視線を落とした。アカネの気持ちはわからなくもない。
 真帆も淡々と学校の行事をこなした。通過点のように感じていた。
 しかし、アカネと違うのは、今もその気持ちは変わらない。いや、変えてはいけないと思っている。
 卒業間近になったからといって未練はないし、後悔もない。
 と、またしても、
「この星は恐竜さんのサナトリウム……」
 アカネは暗唱し始めた。
 真帆は紅茶を吹き出しそうになった。
 アカネの暗唱を、手で遮りながら考える。かなり古い詩だ。これは、いつ頃、書いた詩だろう? 
 確かすごく心細くて、どうしようもなくひとりぼっちの夜……、あれは三年近く前。
「そんなに古い詩まで読んでくれたの?」
 アカネは頷いた。
 真帆は沈黙した。中学校に入学してすぐに、真帆のロッカーに汚れた雑巾が投げ込まれていた。
 真帆は迷うことなく教師に報告した。三年間、ビクビクして過ごすより、感情のないふりをすることを選んだ。
 わたしを攻撃すれば教師に報告するだけですよと、犯人に無言のメッセージを叩き付けた。そ
 れ以来、嫌がらせに遭わなかった。代わりに、ダイヤモンドでできたケージの中にいるみたいに孤独だった。
 孤独が詩を書かせた。
 犯人を捜していたら?
 わたしは傷ついたのと泣き叫んでいたら?
 中学校の三年間はもっと違う色になっていたのだろうか。何を今更……。 真帆は空っぽのカップをソーサーに置くと、かすかに震えている指先を隠した。

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〜創作日記〜
たまに、いえ、しばしば「これ、本当に自分で書いたのだろうか?」という文章に出逢います。トランス状態で書いたのでしょうが、記憶にないのです。でも、ちゃんと©️もあるし、場合によっては紙に自分の文字で。この作品もある部分が記憶にございません(笑

©️白川美古都


新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。