見出し画像

YA【海に絵を描く】(1月号)


2016/1


p1

 竹内哲人は大原野神社の赤い鳥居の前でうろうろしている。
 神社には、昨日、家族で初もうでに来たばかりだ。それなのに、二日連続で参拝にやって来たのには訳がある。
 おみくじだ。
 生まれて初めて大凶を引き当ててしまったのだ。
 しかも、今年は中学三年生になる。高校受験に備える大事な年だ。哲人は希望校に合格できますようにとお参りした。
 今の哲人の成績では難しい高校だけど、お兄ちゃんと同じ高校へ進学したい。どうか成績が上がりますように。
 しかし、おみくじに書いてある内容は散々だった。

 道をたがへてまどうかな、いずれの方へ行き隠れるがよろし。

 つまりは、この先、判断を間違えて迷子になるから、どこかで隠れているのがいい、という内容だ。
「どこかって、どこに隠れていればいいんだよ。それに、いつまでも息を潜めていたら受験勉強ができないじゃないか」
 ぶつぶつ、口の中で文句を言うものの、なかなか鳥居をくぐる勇気は出ない。哲人はもう一度、おみくじを引き直しに来たのだ。
 でも、また、おみくじの結果が悪かったらどうしようと恐ろしくて一歩を踏み出せないでいる。
 と、背後から、
「ジャマ」
 素っ気ない声がした。
「あっ、すみません……、えっ!」
 同じクラスの鴨山真奈美が石段を駆け上がって行く。
 小柄な真奈美は灰色のスポーツウェアを着て、一個とばしで石段を上がる。すぐに、真奈美だと気付かなかったのは、髪の毛を切っていたからだ。
 冬休み前の真奈美の髪は、肩の長さまであったはずだ。
 それが、今、哲人の前をかける真奈美の髪は、ベリーショートだ。
「こ、交通事故にでもあったの?」
 哲人は真奈美を追いかけて鳥居をくぐった。
 昔、哲人が幼稚園の頃、近所の子が車に跳ねられて手術をした。その時、女の子が長い髪を切ったのを、哲人は思い出した。
「縁起でもないこと言わないでよ」
 真奈美は怒って振り返った。吐く息が白い。
「年末に、前借りしたお年玉で美容院に行って、イメチェンしたいから短くしてくれって頼んだの。それなのに、美容師さんが少しずつしか切らないからムカついて、ハサミをぱくって自分でバサッて切ってやったの」
「はっ、自分で?」
「うん、そうしたら、美容室の中が大騒ぎになってさ。でも、あたし、気の済むまでやらないと、ダメなの」
 小走りの真奈美と話しながら、哲人も走る。
 あっという間に境内に入って、足元が玉砂利になる。初詣の参拝客がちらほらいる。なぜか、真奈美は賽銭箱の方へは行かずに、真っ直ぐにおみくじ売り場へ向かう。
「参拝しないの?」
「おみくじにリベンジに来たの。昨日、初詣に来て、親戚一同でおみくじを引いたんだけど、あたしだけ大凶が出たのよ。今日は大吉をひいてやる」
 そう言って、真奈美はおみくじの列の最後尾についた。
 哲人も真奈美の後ろにつく。ポケットの中の百円玉を握りしめる。大吉かぁ……。記憶のある限りでは、哲人鉄也は大吉を引いたことがない。
「あんた、何しにきたの? あんたも、おみくじ引くの?」
「う、うん。昨日、ぼくだけおみくじを引き忘れちゃって」
 何となく、自分もリベンジに来たとは言えなかった。
 なにせ、おみくじに対する気合いの入り方が違い過ぎる。末吉くらいでいいから、吉が付いて欲しい。


p2


 昨日、おばあちゃんは、しょんぼりしている哲人に教えてくれた。よくなかったおみくじは木の枝に結んで、日を改めて、もう一度、おみくじを引けばいいのよと。
 言われた通り日付は改めた。
 次に心構えだ。リラックスして神様にお願いする。
 二列に並んだ二人に、ほぼ同時に、おみくじの順番がやってきた。
「深呼吸、深呼吸と……」
 哲人はポケットから百円玉を取り出して、木の箱に入れた。おみくじの木の棒の入っている入れ物を両手で持って、静かに念じる。希望校に合格できますように。一生懸命努力しますから成績が伸びますように……。
 と、いきなり、
 ガシャンガシャン、ガンガン、ゴンゴン!
 真奈美が隣りで、おみくじの箱を持って振り回しだした。
「大吉でろ、でろ、大吉でろ!」
 真奈美の心の声はすっかり外にもれている。
 受付の巫女さんは苦笑いをしている。
 哲人は四、五回、木の入れ物を振ると、ふーっと息をついて箱を傾けた。するっと手の中に飛び出した棒には、
「六十六番かぁ……」
 昨日とは違う数字が書かれていた。少し希望が見えた。
 ところが、真奈美が哲人の手元を覗き込んで言った。
「あんた、それ、大凶だよ。昨日、あたしが引いた数字だもん」


p3


 真奈美は機嫌が良いのか悪いのかわからない。真奈美が引いたのは二十七番で、凶だった。

 球あれど磨かざれば、石とも宝とも違わず。

 つまりは、可能性の塊みたいなモノはあるけれど、努力しないと宝の持ち腐れですよと。
 当たり前のことだ。その当たり前が、哲人には羨ましい。
 二度目の大凶にはさらに不吉な文言が並んでいた。

 よろず一切のこと上手くいかず、と。

 神様にも仏様にも、世の中の全てに見放された気持ちだ。
「お金を払って不幸を買うなんてどうすればいいんだよ……」
 あまりのショックで、木の枝に結び付けるのも忘れて、哲人はおみくじを持って来てしまった。
 真奈美は竹林をずんずん歩いて行く。哲人が弱音をつぶやくと、ぱっと、おみくじをひったくった。
「再リベンジ行くよ」
 いつの間にか、神社の入口に戻って来ている。哲人はずっとうつむいて、真奈美の後ろを歩いていたので気づかなかった。
「はっ? またおみくじを引くの? ぼ、ぼくはいいよ。日を改めてもいないし」
 哲人は後ずさった。二度あることは三度ある。三度も大凶なんて、想像しただけで生きて行いけそうもない。
「大丈夫、今、呪詛を唱えながら、時計と反対周りに神社の外苑を歩いたから。本当の時間は巻き戻せないけど、日を改めたふうにはなったはずよ」
 一瞬、真奈美の顔が哀しげに見えた。気のせいだろうか。
 哲人は真奈美にぐいぐいと腕を引っ張られて、またおみじくじの列に並んだ。
「ぼくは引かないよ……、って、お金を持って来てないよ」
 あっという間に、順番が巡って来た。
「仕方ない、おごってあげる」
 哲人が断る前に、真奈美は一万円札を巫女さんに差し出していた。
「二人分」
 真奈美の言葉に、巫女さんは困ったように笑って、小銭を作ってからもう一度来てくださいと、やんわり断った。
「何よ、大凶や凶をたくさん、おみくじに入れておいて。それなら、十回引くからお釣りちょうだい!」
 真奈美は巫女さんの返事を待たずに、木の箱を傾けた。
 三十八番。昨日、哲人が引いた大凶だ。
 真奈美は構わず木の箱を振る。二十一、十七、おみくじの数字を読み上げて、まとめて十枚もらうようだ。


p4


 神社の宮司さんが、すっとんで来た。
 哲人は何もできずに立ち尽くしていた。自分も大凶や凶は不安になるけど、真奈美のそれとはどこか違う。実際、真奈美は大きな瞳に涙を浮かべて、涙声で叫んだ。
「待ち人来ずじゃダメなの! 待ち人来るをちょうだい! 今すぐ来るやつをちょうだい! もう、あれから、ずっと待ってるの! ずっと……」
 宮司さんが、真奈美からおみくじの箱を取り上げた。
「誰かを待ってるのかい?」
 宮司さんが優しく尋ねる。
 真奈美はうつむいた。哲人はハッとした。真奈美は運勢ではなく、待ち人のところだけを読んでいたのだ。
 宮司さんがもう一度同じことを尋ねたけれど、真奈美は黙って答えなかった。
 真奈美は二年生の途中、東方地方から引っ越して来た。美術部に入部して、絵の具をぶつけたような抽象画を描いて、何かのコンクールに入賞した。絵のタイトルは、海に絵を描く、という、哲人にはよくわからないものだった。
 学校集会で表彰される真奈美に、笑顔はなかった。
 もしかして、真奈美は、人がどうあがこうがどうしようもない不安を抱えているのかな。神様に願って、そして、願いを叶えてくれない神様に怒りをぶつけている。
 哲人は自分の不安が恥ずかしくなった。受験は努力することができる。まだ努力する時間もある。でも、事故や災害、不運に抗う術はない。人は祈ることしかできない。
「行こう」
 哲人は真奈美のコートの裾を引っぱった。
 驚いたように、真奈美が顔を上げた。思わず目を逸らして、哲人は自分の弱さに下唇をかんだ。

〜創作日記〜
東北のあの津波で、行方不明の大切な人を探していた人が、松の枝に乗っかっていた遺骨(頭蓋骨)を見つけたという記事を読みまして……。こういうエピソードを安っぽいホラーに描くのは失礼かと思い、その記事を読み流したのですが、やっぱり書きたくて書いたけれど、私の力ではこの程度でした。もう、過去ですねぇ

©️白川美古都

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。