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YA【ポケットの中の太陽】(11号)


©️白川美古都
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 月ノ島中学校の二年二組の教室に悲鳴が響き渡った。
 昼休み、机に突っ伏してうとうとしていた竹中ノボルは顔を上げた。
(うるさいなぁ……)
 一番後ろの席で、ぼさぼさの頭をかきながら教室の中を見渡す。すると前の席の女子達が大騒ぎしていた。椅子が倒れて机の配置も乱れている。
(なんだ?)
「虫、イモムシみたいなやつがいる。誰かとって!」
 悲鳴が耳をつんざいた。
 声の主は、吉田景子だ。
 数人の男子は景子からすばやく視線をそらした。寝起きのノボルは景子とばっちり目が合ってしまった。
「オネガイ!」
「わかったよ、どこだよ?」
 ノボルが大あくびをしながら近づくと、景子の机の上に小指の先ほどの虫がいた。
 寝ぼけ眼のピントが合わずに、ノボルは目をこすった。顔を寄せると、赤ちゃんみたいなイモムシがいた。色は白色でいっちょうまえに茶色の顔がついている。体をくねくねとよじらせて前進している。
「こいつ、かわいいじゃん」
 つぶさないように、ノボルはイモムシを指先でつまんだ。
「どこがかわいいの、早く捨ててよね」
 景子と数人の女子が団子のようにかたまり、ノボルをにらんでいる。
「そんなもの、よく素手でつまむわね」
 人にものを頼んでおいて随分な言いぐさだ。
(ちょっとからかってやろう)
 ノボルは窓に向かう途中に、おーっとっと、わざと女子の方によろけた。またしても悲鳴があがる。続けざまにノボルに罵声があびせられる。男子は笑っている。
(よーし)
 ノボルは調子にのって、イモムシを食べるまねをした。
「あーん!」
 大きな口をあけてイモムシを口の上に持ってくる。
「イヤーッ、イヤーッ、イヤーッ!」
景子は絶叫して、両手で顔を覆った。次の瞬間、
ドンッ
「あ、すまん」
 ノボルの背中に、校庭から戻ってきた男子の一群がぶつかった。
 イモムシが落ちる。
 それは、ノボルの目にはスローモーションのように映った。イモムシが宙を舞い口の中に降った。下をむいたとき、ごきゅっと喉が鳴って、ノボルは確かにイモムシを飲み込んでしまったのだ。
 悲鳴が沈黙に変わった。ノボルは自分の腹を見つめた。生きたままイモムシを食べちゃった。


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 午後からの授業に、ノボルが集中できるわけがなかった。英語の教科書を開いているものの視線の先は腹だ。
(イモムシは死んだだろうか? それなら、腹をくだすくらいで済むかもしれない。いや、まてよ、もしかしてオカシナ菌を持ったイモムシなら高熱にうなされるかもしれないぞ)
(そもそも、イモムシが生きていたら? オレの体を少しずつ食べて成長して、さなぎになって、なんになる? きれいな蝶? 醜い蛾? どちらにせよ、成長したソイツはどこから体の外に出るだろうか?)
 口だ、口から出てくるに違いない。
 想像しただけで、
「ウオエーッ」と、ノボルは口をおさえた。
 英語の教科書を朗読中のクラスメイト達がいっせいにふりむく。
「竹中、そんなに一人で朗読したいのか? それじゃあ、次の五行、読んでみろ」
 英語担任の声は怒っている。起立したせいで、胃が真っ直ぐになる。イモムシが身体の下の方へ落ちていく気がする。
(今、イモムシはどこらへんにいるのだろう? 今度は、ノボルは腹をおさえた)
「どうした? 具合でも悪いのか?」
 英語担任は心配してくれた。それでも、人の不幸をくすくす笑っているヤツもいる。
「私が代わりに読んでもいいですか?」
 なぜか、隣りの席の藤村サチが助け船を出してくれた。英語教師がいいとも悪いとも言う前に、サチは朗読を始めた。
 済んだ声で正確な発音だ。日本語訳もほぼ完ぺきに添えると、サチは静かに席についた。
 一瞬、ノボルはイモムシのことを忘れた。(なんで?)
 サチとは仲良しというわけではない。ただの隣りの席の女子だ。サチは群れない。クールで済まして成績も上位の方だ。どちらかというと、冷たい印象がある。
 ノボルは我に返った。イモムシのことを思い出して、再び体を九の字に折り曲げる。吐き出すには遅すぎる。こうなったら気合で消化して下から出しかないだろう。
 それにしても気持ちのいいものではない。
キンコンカンコーン
終業の合図と同時に、ノボルは机に突っ伏した。


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「ごめんなさい」
 その声は耳元で聞こえた。
(あれっ?)
 ノボルは目を覚ました。
 教室の中は、サチとノボルの二人きりだ。ホームルームが終っても、ノボルは動く気がせずに鞄の上に突っ伏していた。そして、そのまま寝てしまったのだ。
 サチは胸の前に鞄を抱えて、ノボルの横に立っていた。窓の外は夕焼けだ。
「なんで、オマエがあやまるんだよ?」
 ノボルは胃をこすった。気持ち悪さがマシになっている。サチは黙っている。
「オレ、帰るわ。あっ、さっきはサンキューな」
 ノボルは鞄に教科書を放り込むと、ガタンと、乱暴に椅子から立ち上がった。振動で隣りの席のサチの机もゆれた。
 その瞬間、
 パサッ
 サチの机にかけている紺色の手提げ袋が揺れた。
 コン、コン、コン……
 手提げ袋の穴から、なにかが転がり出た。
 くるくる回ると、ソレはノボルの足下で止まった。大きな丸いどんぐりだ。
「どんぐりなんて集めているのか?」
 ノボルが拾い上げたときだ。虫食い穴から、イモムシが顔を出した。
「ギャーッ!」
 ノボルは自分でもびっくりするほどの声で叫んでいた。とっさに空いてる窓から、どんぐりを放り投げていた。
「もしかして、おまえの持ってきたどんぐりから出てきたイモムシを、オレが食べちゃったわけ? どうしてくれるんだよ!」
 ノボルが怒鳴ると、サチは開き直った。
「仕方ないじゃない。急いで拾ったから、イモムシがいるなんて思わなかったのよ」
 強い口調とは裏腹に、サチはノボルの背に隠れた。


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「おまけに、手提げ袋に穴が開いているし、景子たちが騒ぎ出したから、校庭に捨てにいくこともできなくて。私もオネガイがあるんだけど……」
「代わりに、オレにどんぐりを捨てろっていうのか?」
 ノボルの言葉に、サチがうなずく。
「学童保育で工作に使うから、今朝、拾いながら登校したの。弟と弟の友だちがとても喜んでくれるの」
 ノボルは言葉に詰まった。
 ノボルも両親が共働きで、小学生のとき、放課後に学童保育に通っていた。そこでの工作は大の楽しみだった。
 学童保育で友だちといると、ひとりぼっちの寂しさを少しだけ忘れた。
 それでも、窓の外の夕焼けを見つめると、ぎゅっと胸がしめつけられた。
「それなら、さっさと捨てちゃおうぜ」
 ノボルはおそるおそる手提げ袋をとった。けっこう重い。
 サチと一緒に、手提げ袋をゆらさないように廊下を歩く。

 校庭に出て落ち葉の中に、どんぐりを捨てる。大きなまんまるのどんぐりばかりだ。
 クヌギの木のどんぐりだ。
 よくあるとんがりどんぐりとは価値がちがう。
 コマにすると、よく回る。
「終わったぞ。でも、どんぐりなくなっちゃったぞ」
 ノボルはサチに声をかけた。
「ありがとう。いいわ、どんぐりならまた拾うから」
「よくないよ」
 また虫食いどんぐりを学校に持ってこられたら大変だ。
「オレも拾うよ。一個ずつ、虫に食われていないか調べてから袋に入れろよ」
 ノボルが口をとがらせると、サチは、はいっと笑顔になった。やさしいお姉ちゃんの顔だ。
 思わず見とれてしまい、ノボルは急いで目をそらした。
「秘密の公園に案内するわ。クヌギの大木があるの」
 サチはノボルの先を歩いた。
 サチの行く先の空に今まさにお日様が沈んでいく。やけに眩しい。きれいな夕日だ。
「ここよ」
 サチに案内された公園は、大通りから目につかない小さな神社に隣接していた。
 サチとノボルは、黙々とどんぐりを拾った。

 その晩、ノボルはインターネットで、イモムシについて調べた。
 すると、佃煮にして食べられるとわかった。
(なーんだ)
 ポケットから、どんぐりを取り出す。一個、自分用に持って帰ってきたのだ。照明にかざすと、焦げ茶色のどんぐりはつやつやとひかって、まるで太陽に見えた。

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〜創作日記〜
虫がダメな人は本当にダメなんですね。私も昔は得意ではなかったのですが、生死をかけた決闘(大袈裟な)シチュエーションでGが出現して「邪魔だ!」とプチッと踏み潰してから平気になりました。お蔭様?で、その喧嘩もなぜかお相手が引いて終わりました(Gに感謝

イラスト:multiplier197様

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。