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[小説]X-AIDER-クロスエイダー-(14)

 数分後。ぼくたちは、学校にほど近い公園へ移動した。公園の中心には大きな噴水があり、その周りに乳母車を連れたお母さんや、犬の散歩にきている人たちがちょこちょこいた。入ってすぐ、マイカちゃんは公園の端にあるロケットのような形をした滑り台を指さす。
「あそこについた方が勝ちよ」
 彼女はつま先で自分の目の前に線を引いた。
「準備はいい?」
 その目はギラギラとしている。かけっこで勝ったら許してあげようだなんて、なんて意地悪な女の子なのだろう。
「う、うん」
 ぼくはなんとか弱気になるのを抑えた。こうなったら、勝つしかない、と。
「位置について……」
 ヒロキくんの声を合図に、ぼくはクラウチングスタートのポーズをとった。ズボン越しに、公園の砂のジャリッとした感覚を膝に感じる。
「よーい……」
 ぼくたちはゆっくりと腰を浮かす。
「どん!」
 その声とともに、ぼくとマイカちゃんはほぼ同時に飛び出した。もともと足の早さに自信があったから、最初はぼくが有利だった。しかし、途中でマイカちゃんがぼくを追い越す。彼女は、ぼくを横目で見て、フッと笑う。負けないぞと思いながら、ぼくはスピードをあげようとした。だが、そうしてる間にもマイカちゃんとロケット滑り台の距離は縮まっていた。
 もう、終わりだ。ごめん、チャコ。ごめん、ヒロキくん。
 ぼくがそう思ったその時だった。マイカちゃんが、栄光のゴールに向けて足を踏み出した時、履いていた薄桃色のスニーカーのつま先が足元の石につまずき、そのままつんのめるようにして転んだ。
「マイカ!」
 ヒロキくんが彼女に駆け寄っているすきに、ぼくは、ロケット滑り台までたどり着いた。
「やったあ、ゴールだ」
「よかったな、ナオト」
 ぼくとナオトくんがハイタッチをしている様子を、マイカちゃんは歯軋りしながら見つめていた。
「何よ、そんなのずるい!」
 君が勝手に転んだんじゃないか。心の中でそう思っていると、彼女のそばに何か白いものが落ちているのを見つけた。
「なんだ、これ」
「あっ、それは」
 焦るマイカちゃんを横目に、ぼくはそれを拾い上げる。それは折り畳まれた紙だった。中を見ると、こう書いてあった。
 <意地悪な性格が治りますように>
 ぼくは、マイカちゃんをちらりと見た。彼女は顔を真っ赤にしていた。
「ふふっ」
 ぼくは思わず笑ってしまった。あざけりの感情ではない。どちらかと言えば、心が和んだ時に出る暖かい笑いだ。意地悪な女の子だとばかり思っていたけど、こんな素直な一面があるとは。ぼくはあたたかい目をマイカちゃんに送る。
「恥ずかしいからやめて」
 マイカちゃんはさっきまでの強気な様子はどこへやら、顔を赤くしたまま、さらに目を潤ませながらうつむいていた。そんな彼女に、さっきのお返しとばかりに、ぼくはヒロキくんに、マイカちゃんの願いを見せる。
「へえ」
 ヒロキくんの目が三日月みたいに細くなる。まるで北海道土産のマリモのキャラクターみたいだ。
「本当にかわいいところがあるんだなあ」
 マイカちゃんは耳まで真っ赤になっていた。
「うるさいうるさい、うるさーい!」
 マイカちゃんは両手をぶんぶん振った。
「あははは」
 それを見ながら、ヒロキくんは願いごとが書かれた紙をひらひらと振る。
「ちょっと! 返しなさいよ」
「やーなこーった」
 ヒロキくんは、楽しそうだった。彼はマイカちゃんの所々に見え隠れするスキ––と言うよりはかわいいところがあるのが好きなのだろう。そういうものがあるとわかっているのはさすが幼なじみといったところか。
「ふふふ」
 ぼくが目を細めながら二人のやりとりを見ていると、チャコがいつの間にかポケットから飛び出していた。
「チャコ、どこに行くの?」
 チャコはマイカちゃんのところへ行くと、こう言った。
「お嬢さん、猫はお好きかな?」
 チャコは、四つ足の状態になり、顔を洗ったり、喉をごろごろ鳴らしたりと、猫らしい行動をした。最初はポカンとした表情でチャコを見ていたマイカちゃんだったが、やがて唇をかみしめ、少し体を震わせたかと思えば、次の瞬間にはチャコを抱きしめていた。
「猫が、好きなの?」
 ぼくがそう言うと、彼女は無言で首を縦に振った。
「そこらへんもかわいいんだよなあ」
 ヒロキくんがそう囃し立てると、マイカちゃんはぎろりと睨みつけた。
  
(続く)

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