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研究者日記 Day35 水中考古は簡単!
水中考古学の良いところ特集…
陸の遺跡調査は大変だな~と思うことがよくある
水中だったら、そんな問題はないのに、と考えるのだが…待てよ、陸の考古学者のマインドしか持ち合わせていないと、逆に「水中遺跡はもっと大変!」と勝手に勘違いされていることがよくあるんです!
例えば、収蔵庫問題
現在、日本の様々な自治体の遺跡調査で出土した遺物の保管場所がなくなってきている。遺物によっては温湿度管理も徹底する必要がある。どこの自治体も新たな収蔵庫を作る予算もなく、建物は老朽化。それでも開発があればどんどん遺跡の発掘は進むわけで、毎年新たな遺物が増えていく。毎年数千件の遺跡が発掘されているわけですから。博物館でも展示できるものに限りはあるし…。発掘後40-50年たっても一度も日の目の見ることのない遺物たちがどんどん溜まる。
「え、水中遺跡こそ大変じゃないか!」
…同じでしょうに。しかも、水中遺跡といったら沈没船などから数万点の遺物が出るし、保存処理の後の温湿度管理もある。どう考えたって、水中遺跡の方が保存や保管で大変だろう…
陸の遺跡の考え方をそのまま水中遺跡に押し付けているだけ
なぜ水中遺跡では収蔵庫問題が陸よりも考える必要がないのか、2回に分けて解説していこうと思う。それに、+1回の番外編(おまけ)で日本の現状・問題点を指摘したいと思います。なので、計3回で水中遺跡の収蔵庫問題を考えます。
その1~そもそも発掘・引き揚げはしない(今日の話題)
その2~Think outside the Box =収蔵庫のイメージを変えて解決(次回)
おまけ~日本の問題点、考えるべきこと(その次)
その1 そもそも発掘・引き揚げはしない
水中遺跡は、上手く管理することが前提であり、発掘をする必要に迫られることが少ない。
ユネスコ水中部文化遺産保護条約を読むと…
水中遺跡を取り扱う場合は、
水中での現地保存を第一オプションとすること
遺物を引き揚げる際には、
必ず事前に保存と保管に十分な場所と予算の確約を義務とする
ユネスコ水中文化遺産保護条約はこちら
https://www.marinearchaeology.jp/wp-content/uploads/2020/02/UNESCO_Japanese.pdf
つまり、収蔵庫問題がある場合は引き揚げてはならない、というのが国際ルールである。そりゃ、タテマエであって、現実は違うだろ。それは理想論だろう。まあ、そのように言われたら、完全否定はしません。ところが、水中であるからこそ、陸に比べて、その理想を崩すことがなく管理できる場合が多いのです。
水中遺跡は、そもそも発掘する機会が少ない。
遺跡数は、決して少なくないのでお間違いなく。
世界の例を見ると、例えばデンマークとか
遺跡の可能性のあるポイント2万件
簡易的な調査(探査・引き揚げな氏)~数千件
簡易発掘・調査~数百件
完全に引き揚げ(小規模)~数件
下の地図は、デンマークで調査が行われた主な水中遺跡
![](https://assets.st-note.com/img/1716635213610-zTq5xvNS3d.png?width=800)
これらの遺跡、ほとんど遺物を引き揚げていません。そのまま水中で保存しています。つまり、たくさんの遺跡を登録しておき現地で保存、十分な予算と管理ができれば引き揚げます。水中は、陸に比べて比較的安定した状態です。50cm以上砂に埋もれていれば完全な真空パックとなり有機物などが劣化しないことが分かっています。そのため、遺跡を埋め戻して水中で保管しています。
埋め戻しについては…いつか書きたいですね。日本でも遺跡の埋め戻しを行っています。鷹島とか。下は、おなじみ『水中遺跡ハンドブック』
![](https://assets.st-note.com/img/1716635378775-6ds3Zrvemx.png?width=800)
ちょっぴり余談ですが、文化庁の『水中遺跡ハンドブック』は、水中考古学にちょっぴりでも興味のある人には必読です。
さて本題。繰り返しになりますが…
水中遺跡の管理は、万の遺跡を登録しておき水中でそのまま保存、本当に引き揚げが必要な時にのみに発掘をする。だから各国、発掘事例は数件しかない。(数万件の遺跡はニュースにならないので、あまり知られていない)
ところで、世界で発見された水中遺跡の多くは開発に係る事前調査で発見、または、漁師による情報をもとに登録をしています。水中遺跡発掘の90%以上は開発対応です。残り10%は学術発掘ですので、その管理は、市町村ではなく大学・研究所であり、特にここでは問題にしません。水中遺跡の発掘が行われるのは、開発事業主がどうしても開発をしたい場合です。とはいえ、そのような機会が多くないのです。
開発事業主が事前に遺跡の位置を把握しますが、あまり発掘に至りません。だって、海は広い。ようは、建設に際して、計画変更が比較的楽なのです。
計画変更に関してですが、海洋開発って基本は広範囲です。例えば、パイプラインを通す場合など、海の上ですと数十メートル動かすのは計画段階であれば、ほぼ問題なく可能です。これが陸の場合はどうでしょう。個人住宅の場合、水道管を30cmずらすのも大変ではないでしょうか?
前提として、計画段階で遺跡を特定しておく必要がありますが、工事の場所を選定する際に水中遺跡を特定しておけば良いのです。海外では、例えば洋上風力発電の環境アセスメントの一環に水中遺跡の確認調査が含まれています。風力発電アセスで数万件の水中遺跡のポイントが確認されています。もちろん、沈船もありますが、デンマークやイギリスの沖では旧石器時代の遺跡なども多いです。
こちら、スウェーデンの『(洋上風力発電に関する)考古学ハンドブック』。先ほどの日本の水中遺跡ハンドブックと名前は似てますが…中身は全然違う。かなり専門的です。
![](https://assets.st-note.com/img/1716635558566-ardvI7OKWD.png?width=800)
磁気探査・サイドスキャンソナーなどなど専門的な用語が並びますが…実はこれらのメソッドは、通常の海洋開発で頻繁に使用する機器です。おそらく海洋開発の前に、ほぼ同じような調査を行っているのです(ただし、精度や見ているものが違うので気が付かない)。おそらく、工事現場では、「あ、ゴミだな」と思ったものが実は弥生時代の沈没船だったという可能性も十分あります。
環境アセスメントの一環として考古学調査を実施するのが世界の常識となりつつあります。詳しくは調べていませんが、世界100か国以上(欧州評議会加盟国とユネスコ水中文化遺産保護条約締約国、ほぼすべての先進国)は、この方法で水中遺跡をマネージメントしています。ところで、日本には海洋開発に関わる事前のアセスメントの義務がないので問題ですが、それは番外編(その3)にて詳しく書きます。
なぜ、アセスメントが重要か…それは海の開発では、不時発見はほとんどあり得ないから。海洋開発中に水中遺跡の発見など何をのんきに期待しているのか、さっぱり意味が分からないです。海の工事は、基本大きな機械を使って遠隔で掘削作業などを行います。誰かが現場で海底面を見ているわけではないですし、砂などを巻き上げてしまうので、何も見えないのです。ほぼすべての水中遺跡は、数十メートルの範囲に石器や土器、陶磁器類がパラパラと落ちている程度です。そんな遺跡、海の開発中に見つかるなんてことはないでしょう。事前に見つけるしかないのです。
陸に例えると、周知の遺跡が全く近くにない場所で、豪雨の夜間にろうそくの明かりのみでユンボで掘削するようもの。その状況で石器の剥片がぽつぽつと散らばる遺跡を発見できるでしょうか?
まあ、なので事前に見つけてしまえば登録されるので安心ですね。
ほとんどあり得ないとはいえ、ごくまれに、掘削工事や浚渫で大きく破壊された水中遺跡が発見されることがあります。工事中に無傷で遺跡が発見された例などほぼありません。その場合、遺跡を破壊したといわれるかもしれませんが、そりゃ私は事業主に同情します。仕方がないことです。(ただし、「だから事前に把握しておく必要があったでしょ」とは言いますが)
発掘は原因者負担になるので避けたい。実際に発掘となるとお金がかかるし事業も延期となる。そりゃ大変なこと。となると、やはり事前に調査しておくことが、業者、自治体、遺跡保護の観点など様々な立場の人から考えてWin-Win-Winなのです。残念ながら、日本の現在のシステムは、自らあえて自治体・開発事業者・国民を苦しめているのです。
事前に遺跡を見つけて登録。できるだけ発掘を回避
水中は比較的環境が安定しているので現地での保存が可能な場合が多い
開発する側も水中遺跡の発掘は避けたい
大規模工事なので計画変更は難しくない
といったところでしょうか。
つまり、水中遺跡は、巧くマネージメント(事前に発見して管理)する必要があり、それができれば発掘はしなくて済むのです。陸に比べて、登録さえしておけば発掘に至るケースは極端に少ない。
遺跡を探す作業は、それほどお金がかかりませんし、海洋生物など環境アセスの一環として導入もできます。使用する技術・メソッドに違いはほとんどありません。ようは、データの見方の違いです。他の分野ではノイズであっても人類の歴史にとっては貴重な証拠になります。(この件についても書く必要があるかな…探査手法について)
海は広い…遺跡を避けて海洋開発することぐらいできます
さて、次回は… Think outside the Box
収蔵庫の概念を変えていきます…
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