家の前の通りから見る夕日

インド音楽のラジオを聴いている。インドのポップス、映画の挿入歌が流れてくる。なぜかこのラジオ曲は、ニュージーランドのオークランドにあるようなのだが。曲目が表示されるので、気に入った曲があれば、メモしておいて後で調べることができる。

小さい頃、0歳から7歳くらいまで住んでた家は1軒屋の借家で、父母と、姉と自分とで、4人。まだ子供だったし、狭かったという感じはない。姉と同じ部屋で寝ていた。寝る前に、姉が学校の話しをしてくれるのだが、学校では今、巨大ロボットを建造中で、もうすぐ完成しそうだ、というような話しで、小さい自分は大喜びで信じ込んでいて、毎晩その話しをねだっていた。巨大ロボットといえば、その頃、ヒーローロボットがやられてしまって、海中に沈んでいく、というシーンで終わった特撮テレビがあったのだが、ものすごく続きが気になっていたのだが、どういうわけか二度と視聴することはできなかった。あれはなんだったのだろう。ロボットは青っぽかったような気もするけれど、違うかもしれない。
家の前には、ドクダミのプランターが置いてあって、この匂いが、幼い自分には強すぎて、家の前で遊んでいて、何か、例えばボールなどがこのプランターの裏に入ってしまった時などは、泣きそうになりながら回収していた。
住宅街であったけれど近くには広い芝生や、林もあって、遊ぶ場所には困らなかった。子供たちは、家々の塀をよじ登って、どこへでも伝って行くことができた。最近は、そのようにして遊んでる子供をあまりみないけれど、自分の目に入らないだけだろうか。今の新しい家は、登って伝っていけそうな塀がないのかもしれない。3軒ほど隣の角の家には、あるおばあちゃんが1人で住んでいて、いや、息子か誰かと一緒に住んでいたのかもしれないが、母親が用事のある時は、たまにこのおばあちゃんのところへ預けられて、なにとなく遊んでもらっていた。この家の角を曲がっていくと、やはり住宅街なのだけど、なぜか少し鬱蒼としていて、暗い感じの通りだった。この並びの一軒に、母からお使いを頼まれることがあって、その時は夕方過ぎであったりしたので、もしかしたら、昼間でも暗く感じたのかもしれないが、なんとなく不気味で、ゾワゾワしながらお使いの任を果たしていた。なんのお使いだったかは全く覚えていない。牛乳が関わっていたかもしれない。

家の電話は緑のダイヤル式の電話で、床に直接置いていた。ブザーが別についていて、これを鳴らすと2階に居る家人に、電話がかかってきたことを知らせることができた。しかしこの電話があったのも小さい頃の数年で、いつの間にかFAX付きの電話にとって代わられ、そしてまたその数年後にはポケベル、車電話などを、父は使い出した。自分が生まれてから、ほんの10年ほどの出来事である。
玄関のドアがとても分厚く、黒い、青もわずかに混じったような色だったと思うが、このドアに指を挟んで、ひどく泣いたことがある。ちぎれるほどに痛かったが、幸い大事は無かったようである。玄関を入ってすぐ右に2階への階段があり、2階には3部屋、どれも畳の部屋だったと思う。両親の夫婦喧嘩が始まると、2階へ避難して、階段から様子を窺っていた。この時、姉はどこへ行っていたのだろうか。この2階の部屋の窓にある柵の上を、猫が歩いているのを目撃したことがあって、猫がまさか、そんな芸当が出来る生き物だと知らなかったので、度肝を抜かれたりしていた。姉は動物をよく拾ってくる人で、この後も猫のみならず、何種類かの鳥を、家で保護したりすることになるのだが、家で飼っていた猫も、この姉が連れてきた。最初の猫はポロといったのだが、もしかしたらもう一匹、この前に飼っていたのかもしれないけれど、覚えていない。このポロは、賢い猫だったが、寄生虫がいたらしく、お尻から何やら細い紐状のやつが、ニュルニュル出てきたのを思い出す。薬を飲んで退治したが、これは薬を飲んで出てきたのか、あるいは出てきたから薬を飲ませたのか、定かではない。

住宅街の外側の、車道を一つ隔てたところには床屋があって、髪の毛はここで切ってもらっていた。この床屋の前が、土木会社の敷地だったのだろうか、砂利や、土が積んであったり、トラックが停めてあったりする、広い土地だった。普段は人はおらず、子供が遊んでいても誰も注意する人はいなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?