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2019年の振り返り

こんにちは。いつもありがとうございます。

今年もこうして振り返りができることがうれしいな。一年のうちでいちばん、個人的なことを綴る大切なnoteです。

おかげさまで幸せな2019年でした。

例年なら今頃は、肌身離さず持ち歩くことにしてる手帳を買い替える時期なんだけど、この一年に起きたあれこれが大切すぎて「まだ新しくしたくない」なんて内心ゴネています。こんなことは初めてで、改めて今年の濃度に驚く〜!

今ではかけがえない存在になっている友人たちや、ほんとうに夢みたいな嬉しかった出来事が、振り返るとこの一年に出逢えたものばかりです。

そのおかげで、今年は何度も自分が生まれ変わるような体験をさせてもらいました。

映画の『シン・ゴジラ』は確か劇中で7回くらいゴジラの形態が変わるんだけど、まさにそんなふうに、自分自身が形態変容してるのが分かる、不思議な年だったなぁ。

だからここには、2019年に強く思って、今の自分を構成してるものたちを振り返って書き記します。

書き手というよりは、個人としてのわたしがこれからも大切にしていきたいことです。

一、あなたはあなたのままでいい

励ましてる人が実は一番励まされてるのかもしれないし、
頼られてる人が、実はいちばん救われてるのかもしれません。

2019年はシーライクスでライターレッスンの講師を担当させていただいたことが、とても大きかったです。

私が担当させてもらってるライター講座では質疑応答やシェアの時間など、コミュニケーションタイムをめちゃ長くとってきたので、受講生の皆さんとたくさんお話しすることができました。

書くのは好きだけど、自分の文章を読まれることが怖いんです
やっぱり、noteとかTwitterとか、個人の発信もしなくちゃダメですか?そういうの苦手で、、
仕事をもらえるようになる前に個人でも書かなきゃって思うのに、なんだか書けなくて

…わかる。

みなさんの声を聞いて、「ああそっか、今ここで共感するために、不安だらけでライターやってきたことにも意味があったんだな」とまずわたしが救われてしまいました。過去を肯定された気持ちになりました。

そして同時に、講座に来てくださったみなさんを肯定してからがスタートだって強く思いました。

わたしの目の前で悩んだり迷ったりしている、そのままの一人ひとりの姿は、十分に素敵です。でも、成長したがっていたり、深く考えているが故に迷っていたりする人ほど、自分の至らなさに目がいってしまい、苦しんだり踏みとどまってしまっていることが悲しかった。

あなたは、本来のあなたのままでもいい。

これはゆるぎない事実だけど、自分自身が「いい」と思えないなら楽しくないし、周りにもきっと優しくできないから、自分が「いいな」と思うものをきちんと選んで、それぞれが自分にちゃんと納得をして生きていくことが大切なんだと実感しました。

そう思うと、世の中で起きている不幸はほとんどが「否定」から生まれている気すらします。

悲しい事件を起こしてしまった人も、どこかで誰かがありのままのその人を肯定してくれたら、もしくは自分で気づけたら、未来は変わったかもしれません。

事件とまではいかなくても、日々の中で起こるすれ違いや揉め事だって、日常的に肯定感のある物言いをしてさえすれば、もっと優しくて可能性に満ちた世界が広がるのかも。

時代的にも多様性を肯定する流れになってきたからこそ、そんなことに気付けました。

そうして振り返ってみると、お仕事ではリブセンス、SHE、CRAZY、cocoroneチーム、スナックミー(敬称略です🙇‍♂️)…と、心と心でやりとりができる素晴らしい組織のみなさんと関わらせていただけて、本当に幸せな一年でした。

そして、今年の前半の、わたしがなかなかに憤ってて辛かったとき、静かに話を聞いてくれたみなさんにはすごく感謝してます。ごめんなさい。本当にありがとう。

二、あるものに目を向けて、伸ばす

憤りモードだったときは、どうしても「無い」にばかり目がいってしまっていたなぁと反省しています。

どうにかしなきゃと思って哲学とか心理学とか仏教とかその他もろもろ調べたりしてみたら、

いまあるものに目を向ける

ということの大切さを、どれも謳っているように思いました。

それは、「無い」ものを捨てて成長を諦めることでは決してなくて、より優しく、人として大きく成長するために大切なこと。

できないからなんとかするのではなくて、すでに十分ある状態で、もっと「らしく」いるためにするべきことは?って考えたら、無いものを手に入れるにしても、いまあるものを伸ばしてこそ近道なんだなぁと。

たとえばその「無い」ものが手に入ったときだって、いまあるものを無視してしまう自分だったら、意味がありません。
そしたら、また別の「無い」ものを求め続けるだけの人生になってしまうんじゃないかなぁ。

自分に甘えないために、あるものをきちんと選んで伸ばすこと。
同時に、今の自分に無いものも認めて、それを持っている人に助けてもらう代わりに、自分の「ある」をおすそわけさせてもらうこと。

具体的に書けなくて申し訳ないのですが、「あるものに目を向ける」は、人間関係においても、お仕事においても大切だったなぁと今年になって学びました。

JUDY AND MARYの『散歩道』の歌い出しにある"そんなふうに求めてばっかりじゃタマシイも枯れちゃうわ"は、心が揺らいだときの大切なフレーズになった。

三、「怖れ」のメタ認知と「おちつけ」

2019年は、新しい環境に飛び込んでみたり、やってみたかったことにチャレンジしたりもたくさんできました。

墨田区に引っ越したり、小説を書いたり、行ったことのないフェスとか海外とかに足を運んでみたり。

その度に感じたのが、なんていうか「新鮮な怖れ」みたいな感情でした。

「こわい!」って何度も思った。でも、全体的にポジティブなものでした。

こわいときって逃げたくなるけど、28年生きてきてたらなんとなく「あーこれはちゃんと感じた方がよさそう。乗り越えられる系のやつだ」とか「わたし今、心細いだけだな」とか「これはほんとに、ただただこわい!」みたいな判断力が身についてるというか。

それをメタ認知して、客観的に自分の「怖れ」と向き合うことができるようになったのは、ものすごく進歩だったなと、うれしい。

怖れを受け入れることを意識してみると、今までの自分がいかにビビりであったか、そして、ビビりゆえにやってしまっていたことに気づかされました。

そのひとつが、「照れ隠し」。

家族や友達やパートナーに、きちんと「大切に思ってる」ってことや「わたしにはこんな目標がある」ってことを、今までも言葉にしてもっと伝えてくればよかった。

こんなこと言うのは照れくさいという感情は、一種の「怖れ」みたいなものだなぁって、ある日とつぜんしっくりときました。

まだちゃんとできてるか不安だけど、大切な人には「大切だよ」ってちゃんと言葉や態度で伝えることを怠らないようにしたいです。

そして、怖れのような感情から目を逸らさず、「落ち着く」ことの大切さも学びました。これは、ずっと習っている茶道でのことです。

今年はお茶を頑張ると決めたので、たくさんのお茶会に参加させていただきました。

先生は「お茶をやってる人はお茶会ごとに成長するものよ」とよく仰るけれど、本当にその通りだった。

お茶会では「どうして?」みたいな不思議なトラブルが起きたりもするのですが、その時に一番功を奏するのが「とりあえず落ち着く」ことでした。これを実体験できたのはよかったなぁ。

当たり前すぎてつい忘れちゃうんだけど、慌ててもなんにもいいことはありません。

これはお茶以外でも、というよりお茶以外の時にこそ大切なことで、なにかトラブルに見舞われても「とりあえず落ち着こうか」と自分に言い聞かせると、かえって無敵のスター状態になれたりしました。

怖れも含めて、いったん感じて、落ち着く。

ついでにそんな状況を「面白くなってきたじゃん」「クリエイティブ!」って思えたら最強なんだけどな。

四、流れを信じる

「よきように」ってたくさん言った気がする一年でした。

諦めてるわけじゃなくてほんとに、周りのよきようになるならわたしは本望です、信じてます、って意味で。

だってそれが楽しかったんだもん。

今年はお仕事でも「どうしたいですか?」と意思決定を委ねてもらう機会がちらほらありました。

そんなときに、「それもいいですね」「これかこれならどっちもよいと思います」「◎◎さんの好きな方にしましょ」って言える所まで持っていくのが、編集者としての私の価値なのかもしれないなと。

モノが出来上がるときには制作メンバーの幸福度が最大値になってることが望ましいと思うので、ゼロイチを担当した人(デザイナーさんやライターさんなど)の美学や意向を汲みたいし、その人が決めた方がいいことだってあるし。

編集者としてのわたしは、みんながのびのびと力を発揮できる空気感を作った方が、いいものを作れるタイプなんだなと改めて確信しました。

これはお仕事じゃなくても同じで、誰かと一緒にいるときもそう。

何に関しても、「まじでイケてない」と思ったらどうせ絶対に嫌だしそっちを選ぶような性格じゃないんだから、特にそうじゃないことは流れに身を任せてこ!なスタンスにしてみました。

そもそも、人生は自分が思い描いたものよりハッピーに転じていくものだと思っているので、「これってありなのか?」って心のリミッターを外して、面白そうなものをあるがままに受け入れることが、幸せへのカギを握ってる気もするのです。

実態のない不安に襲われそうになったら、いったん無意識に身を委ねる、みたいなライフハックも身につけました。

そしたらなぜか、漫画とか小説みたいなエピソードがあれこれ生まれた2019年でもありました。笑

あと、来年は物語やエッセイを書くお仕事ももう少し増やしていきたいので、流れに身を任せてキテレツな出来事に遭遇したときは「芸の肥やしだ」くらいに受け止められればいいなぁなんて思ったりしています。

凝り固まらず、しなやかさのある人になりたいです。

五、ハッピーソングをうたおうよ

実は、最後のこの見出し「うれしい、たのしい、大好き!」と迷ったんだけど、意味としては同じです。

このまえ隅田川を見ながら友だちと一杯やってたときに「今年のテーマなんだった?」と聞かれて(こういう変な質問してくれるような友人達のことがわたしはだいすき)

迷わずに「ごきげん!」と答えていました。
そう、ごきげん。

悲しいことや悔しいこと、許せん!と思うことがあるたびに、謎の負けん気で「わたしの人生、こんなことで不機嫌にさせられてたまるか」とスーパーハッピー野郎にメタモルフォーゼしてきた2019年でした。

幸せか不幸せかは、出来事そのものじゃなくて、感じる側によって決められるものだと思うから、もっとちゃんと小さな幸せに気がつける自分になりたかったのです。

でも、なんかもう、そうやって「意思で」幸せを感じようとしなくてもよさそう。

このまえ妹の誕生日に家族でカラオケに行って、お父さんが歌ってたMr.Childrenの『Happy Song』を聴きながらなんとなくそう思いました。

色んなことあるけどさ、ハッピーソングを歌おうよってきもち。

ちなみに来年のテーマは「エキゾチック」です。


2019年もありがとうございました。
おかげさまで2020年も楽しみです。

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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