iOS_の画像

〈3月23日〉山里の会で利休の茶杓にであう

突然お母さんから「代わりに行ってくれない?」と電話がかかってきたのは2週間ほどまえ。

なんでも、先生に特別に誘っていただいた貴重なお茶会があるのだけど、仕事が忙しくて(お父さんと喧嘩しちゃって休みを取りにくくて)どうしても行けなくなってしまったんだそうだ。

お母さんと私は、お茶の世界においてはいわゆる「先輩と後輩」。
母娘で同じお茶の先生に師事しており、若干ややこしい。でも、困ったらすぐに相談できるからラッキーでもある。

***

まるで冬が舞い戻ってきたように冷え込むお茶会の当日午前8時半。
高田馬場駅の改札前でひとり、先生とお連れの方たちをお待ちする。

訪問着の着物なんて友だちの結婚式ぶりに着たので、なんだかうきうきしちゃっている。

先生と、先輩と、家元で先生と同じクラスで学んでいるというお連れの方々(多分どこかの先生)と合流すると、総勢6人になった。

高田馬場駅から少し歩いたところにある「茶道会館」は、いくつもの茶室を持つ由緒正しき場所らしい。

よく知らなかったけれど、とにかくこの歳でここのお茶会につれてきてもらえたことが、とても貴重な経験になることはわかった。
受付でする署名が本物の毛筆だったあたりから「これはガチだぞ」と思った。

9時ごろに受付を済ませ、まずは濃茶席の待合へ。

数々の見事なお道具のなかに、なんと千利休が自らつくったという茶杓があった。

時代を超えて、こうやって受け継がれているのもすごいし、それを目の当たりにできる場所もすごい。

そしてなにより「すごいことだな」と思ったのは、そんな「利休の茶杓」が、ぽんとそのまま床の間に、ガラス越しでもなんでもなく置いてあること。
顔を近づけて拝見することも、手に取ることもできる距離に。

この場にいるすべての人が「心得のある茶人である」という前提で、言葉に出来ないほどに価値のあるモノがそっとなんてことのないように置かれ、代わる代わるに鑑賞している光景に驚異を感じた。

「わかっている」からこそ触れられるモノ。見える世界。心遣い。

お茶の道をコツコツ進んでいったら、ほかにもたくさんの素敵な出逢いがあるんだろうな。

***

肝心の利休の茶杓は細くて、黒くて、今日まで多くの人々の手に渡り使われてきたことで独特の「照り」があった。

彼が好んだ暗くて狭い四畳半の茶室では、あの茶杓は闇に溶け込んで姿を潜めて見えたのだろうか。

先生が「茶杓というのはつくった本人の心をうつすものなのよね」と言った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?