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人生に絶望する私が35歳の誕生日にバンジージャンプを飛んでみた話

死んでしまいたいと思うときが時々ある。
いや、時々どころではなく割とよく思う。

先の見えないコロナ禍とか世界情勢とか物価は上がり続けるくせに賃金は底上げの兆しがみられないとか、個人的にも最近心が追い詰められた出来事があり、これから先の未来に到底希望が持てなくて生きているのが嫌になる。
30余年、自分としてはもう充分生きたとも思う。これから心身は衰え、生きていくなかで悲しみが増えていく一方であるのなら、多幸感に溢れた今のうちに静かに幕を引けたらとも感じることがある。

しかし自分から命を絶つのは痛いし苦しいし、何より有り難いことにこんな私でもいなくなったら悲しむ人がいる(と思う。思い込んでいる。)から、行動に移す気は毛頭ない。
とんだ生き損ないの死に損ないである。

そんな生きることにも死ぬことにも勇気を持てない日々を過ごす中、誰も悲しませず、且つ自らのこのような願いを満たす方法をひとつ見つけた。

「そうだ。バンジージャンプなら誰も悲しませることなく安心して飛び降りれるのでは…?」

希死念慮に関係なく以前から一生に一度はチャレンジしてみたかったということもあるが、奇しくも自分の35歳の誕生日が近く、飛んだ後に果たしてどういう感情が残るかわからないが今までの惨めで重たい心を持った自分と決別できるのではないかと思い、ここは誕生日当日(しかも5歳刻みでキリのいい歳)に一度自分の人生に疑似的でもいいから区切りをつけてやろうと思い立ったのである。

(※なお、バンジージャンプを「楽しい絶叫アクティビティ」として前向きに嗜んでいる方々におきましては、このような悪い動機に対する手段として利用しまったことを先に謝罪致します。後にしっぺ返しが待っておりますので、単純馬鹿野郎の記録として以下嘲笑しながら軽く読み流してください…)

早速近くでバンジージャンプができる場所を探してみると、富士市の中心部より車で30分ほどの山間部である須津(すど)渓谷にある橋で体験できるとのこと。ジャンプ高54メートルとの前情報に一瞬身構えたが、ここは自分の願いを成就させるために意を決してwebで予約をした。

前報告は周りには一切しないつもりであったが、万が一のことも全くないとは言い切れないので念のため夫だけには前日に夕食での会話の流れから飛びに行くことを伝えた。もちろん真意は伏せ、「誕生日の記念に」という名目ではあるが。さすがに普段より優しい夫でも一瞬びっくりされたが、止めることはなくただ「いってらっしゃい」と言ってくれた。(てか妻が突然「明日飛んでくるわ」なんて言ったら全力で止めるわな普通!)

しかし夫としてはバンジーで落ちていく妻など見ていられないだろう。そう思い夫に同行してもらおうとは微塵も考えず(訊いてみたらやっぱりそうだった)、GW中とはいえ平日で同行の声をかけられそうな友人も特段当てがなく、なにより真意が真意なのでひとりで粛々と向かうこととした。

そして誕生日当日、浜松から車で2時間ほどかけて須津渓谷へ向かう。道中で妹から誕生日祝いのLINEが届き返信したが、まさか姉がこれからバンジージャンプに挑もうとしているとは思うまい。

現場は明確な番地がないため東名高速の富士ICを降りてからはgoogleマップのナビを頼りにして行ったら、対向車が来ようものなら即終了な細道や

それにしても素敵な茶畑

舗装すらされてない道を走らされた。

googleのナビって時々とんでもないルートを示すことあるよね。

そんな細道時々砂利道をえっちらおっちら登り、目的地の須津渓谷橋へ到着。

ずいぶん高くまで登ってきたもんだ


街の反対側は清らかな滝

そして橋の中央部に例のバンジースポットが。どうやら自分の前の予約時間の男女グループが飛んでいるよう…少し早めに到着したので、さもたまたま景観を見に来た人のように振る舞い、横で見物してみる。

いや結構高いなこれ!!

自ら望んでここまで来たけど、実際の現場を見るとさすがにどきどきしてきた…。

自分の予約時間が近づいてきたので、橋のたもとにある事務所へ移動し受付を済ます。
同じ予約時間に若い女子4人のグループも予約をしていたようだ。後に神奈川県から遊びに来た大学生の友達同士だと教えてくれたのだが、「4人の若者女子と1人の冴えない女」という構図のなんという明暗よ。

申し込み内容と健康状態を確認し、「バンジージャンプはめっちゃ激しいアクティビティだってわかってるよね?(さすがに万が一死亡したら保険は降りるけど)多少の怪我とかじゃあ補償しないからよろしくね☆」的な誓約書に署名し(もちろん実際はもっとちゃんとした文言です)、準備へ。

体重を測定し、色つきの油性マジックに手の甲に数字が書かれ、ハーネスをスタッフの方に装着してもらう。途中スタッフさんから「靴が脱げたら橋の底に落ちてまず帰ってこないから、スニーカーの紐はしっかりと結ぶように」と指示された。そりゃ下に大きなクッションマットが敷いてあるような遊園地にあるそれとは全く違い、あんな谷底に靴が落ちてしまったらもう終了である。唯一の手持ち且つ購入してまだ1年経っていない大事なスニーカーなので決して脱がせるまいときつく紐を締め直した。
また、希望であれば手首にGoProを付けて跳んでいる自分の姿を録画してその動画データを無料で貰えるサービスを行っているが、醜態の予感しかしない記録をわざわざ見返すことはないだろうと一度は断るも、外側に付けて風景を録るのも有りとのことで、とりあえずそれで付けることにした。

そして、一同でジャンプの手順についてのレクチャーを受ける。大事なのは飛んだ後~引き上げまでの手順で、 
①スタッフさんの指示があったらハーネスの右足側に付いている紐を強く引っ張り、体勢を足が上→頭が上に戻す。
②引き上げ用のカラビナ付きのロープが降りてくるので、自分のハーネスの胸部にある金具にカラビナを取り付けて上のスタッフさんにOKのサインを出す。

といった一連の動作を自分一人でしなければならない。
ともすれば生命にも関わることなので、ちゃんと手順を覚えておかなければ…とアタマに叩き込んだつもりであった。

一通りの準備とレクチャーを済ませ、いよいよ橋の中央へ向かう。楽しげな女子大生グループの流れの途中で水を差してはいけないと思い、自分は5人中最後に跳ぶことにした。
一人一人順調に跳んでいく姿を見ながら、自分の順番ではない女子たちとも少し話す。そのうちの一人の子から「お姉さんはどうしてバンジーやろうと思ったんですか?」と訊かれ、「いやぁ誕生日の思い出作りにと思ってね…」などと表向き用の受け答えをすると、「うわぁそうなんですね!おめでとうございます!!」と祝いの言葉をかけてくれた。
今日たまたま居合わせた名前も知らない女子に純粋な声色で祝われちょっと嬉しかった。と同時に、20歳前後特有のその眩しい純粋さは自分にはもう返ってこないことを感じ、少し寂しくもなった。彼女らもまた、私がここに来た虚しい真意は知る由もないだろう。

そんな思いを巡らせているうちに4人のジャンプが終わり、いよいよ自分の番が回ってきた。

ジャンプ台に移動し、スタッフさんが私の足に安全具を巻き、最終チェックを手際よく行っていく。

気がつけば、もうそこに立っていた。

端に立ちその先に足場のない空間を見渡した瞬間、もう後戻りできないところまで来てしまった恐ろしさに鼓動が急速に早くなるのを感じた。
しかし、これを跳べばきっと、ずっと自分に纏わりついている暗い影から解放される。私の願いは成就する。そう覚悟を決め、あとはスタッフさんの気持ち早めのカウントダウンと勢いに任せて身を投げた。



ア゛ア゛ア゛ア゛ーーー!!!

高所への落下というものは、自分が思っていた何倍も恐ろしいものであった。
そして落下した後にも恐怖は続き、振り子のように前後左右に振られるわコマのように勢い高めに回転するわ、ただでさえ人より弱い三半規管がもう悲鳴を上げている。これは私も想定されることをすっかり失念していた。かつてよみうりランドのバンデットやらホワイトキャニオンやら乗って気持ち悪くなり、同行した友人に迷惑をかけてしまったような人間が易々と挑戦するものではなかったのだ。
(余談ですが、ホワイトキャニオンって2013年に営業終了してたんすね…知らんかった…。しかも調べたところ終了当日は大雪で運営できなかったとのこと。そんな悲しいことってあるかよ。)

それはそうと、先ほどレクチャーを受けたことを実践しなくては。右足側に付いている紐を強く引っ張っ……

ねぇちょっと待って…

ハーネスについた紐が変に絡まってしまって、右足の紐を下手に引っ張ると右足のスニーカーまで脱げそうなんだが!!!!

振られるわ回るわ靴脱げそうになるわ、想定外だらけの事態にもう大パニックである。
真っ先に最優先すべきは「スニーカーが谷底に落ちてしまうのを阻止すること」と判断し、敢えて自分から右足のスニーカーを脱ぐ行動に出た。横に振られる中でうっかり落としてしまわぬよう命懸けでスニーカーを抱え、指示されていた足側の紐を引く。これで頭が上の体勢に戻るかと思いきや、さきほど絡まったハーネスの紐のせいで右足だけ体勢がうまく戻らない。まじかよ。
これも危機の中での本能が働いたのか、うまいこと紐から足を抜き、やっとのことで人としての体勢を取り戻した。ほどなくして上から引き上げ用のロープが降りてきてたので付属のカラビナをハーネスの胸部に取り付け、引き上げられて無事地上へ帰還。

左手に靴を持っているのがお分かりいただけるだろうか

スタッフさんに飛んでみてどうだったか感想を訊かれたときの自分はすっかり放心状態だった。そりゃ飛ぶだけでも充分放心もんなのに、その最中にあれだけ想定外な事態が起こったのだ。きっと死んだ魚のような目であったと思う。

しかし、私の本当の地獄はここからであった。
たもとの事務所へ戻り、ハーネスを外したりジャンプに挑戦した認定証およびGoProで撮ったデータの受け渡しを行っているときに"それ"はやってきた。先ほどの大きな揺れと回転で生じた吐き気と目眩がグワァァっと一気に押し寄せてきたのである。
全て終了し解散するまで我慢したかったのだが耐えられず、途中で「ちょっとすみません…気分が悪くなってしまったので端で休ませてもらってもいいですか……(白目)」と最後の最後で流れに水を差してしまった。最悪だ。

ひとまず事務所の横の草むらで休ませてもらうことにした。休んでいる間、飛んでもなお元気なままで車に乗って出発する女子大生たちにはなんとか手を振って見送った。若いってすごい。彼女たちにはどうかこれからも楽しいことがたくさんの人生であってほしい。

30分ほど草むらなり車内のシートを倒して休んでいたが、次の予約時間のお客さんがやって来てしまった。さすがにこれからチャレンジする人にこんな姿を見せては、バンジージャンプのイメージを悪くしてしまいお客さんにもスタッフさんにも迷惑を掛けてしまう。
まだ目眩はおさまらないがここからは移動しなければと思いとりあえず現地を後にするが、やっぱり辛くて対岸の駐車場にしか移動できなかった。ここにも渓谷地の美しい景観目的に車を停めて出てくる人もちらほらいたが、もうお構い無しである。私には構わないでくれオーラを全面に出し、さらに30分ほど外や車内で倒れていた。

持参していた水も底を尽きてしまい、なおいっそういつまでもここにいるわけにはいかない。このままでは嘔気と喉の渇きで本当に生命に関わる事態となってしまう。休み休みでもいいから帰路につかなければ。
行きとは異なるまともに舗装された山道を、走っては停まれそうな場所で休みを繰り返し山を下る。
途中、車内で流していたラジオ番組で、奇しくも前日に誕生日を迎えたパーソナリティの方が大好きなアーティストからサプライズでお祝いのコメントを頂きめちゃくちゃ喜んでいた様子が流れ、「わぁぁ嬉しいね!よかったねぇ…」と思った一方、「それに引きかえ私は自分の誕生日に何やってんだ」と自分の惨めさがより露わになったようで虚しさが増すばかりである。元気だったらタグツイして反応したかったのに…ハァ…。

30分ほど山下りをし、ようやく元来たふもとの道へ戻ってきたところで見つけた自販機はまるでオアシスのようであった。速攻で水を買い、喉を潤す。
さらに少し行ったところにあったコンビニに入りお手洗いを使わせて頂くと同時に(みなまで言うまい)、空っぽになってしまった胃に何か物を入れなければとゼリー飲料と鶏五目のおにぎりを買って食べて休む。コンビニの駐車場には1時間くらい停めていたか。店員さんには大変申し訳なく謝りたい気持ちでいっぱいである。
少し落ち着いたところで車を発進させるも、やはりすぐに吐き気が戻ってしまい、さらに先にあったスーパーの裏の駐車場でまたしばらく休憩する。

もうこの時点で15時を回っていた。行きの道中では「帰りはゆっくり下道で帰るかな~。なんだったら静岡の街中に寄り道しようかな☆」くらいに考えていたが当然それどころではない。てか、終了から4時間経ってもなお富士から出られていないって異常事態だろ。
結局、少しでも早く帰るため帰りも東名高速を走ることにした。だが今日はとにかく無事に帰ることを第一に、スピードは出しすぎずにずっと左の車線を走る。道中のパーキングエリアで1度休み、命からがらどうにかこうにか自宅へ戻ったころにはもう17時半を回っていた。ぶっちゃけここら辺の記憶はもう覚えていない。

帰宅し即ベッドに飛び込み、夫に酔い止めの薬とアルミ鍋の冷凍鍋焼きうどん(我が家における病気の際に食べるものの代名詞)を買って帰るようお願いし、私の35歳の誕生日はある意味忘れられない一日となって幕を閉じたのであった…

その後も3日4日くらいハーネス着用の上での落下の衝撃で全身痛かったし、目眩もしばらく全快せず連休明けに耳鼻科へ行き内服薬治療をしたり(診察で原因はバンジージャンプと言うのもかなり恥ずかしく、「遊園地の乗り物でやられた」と遠からずごまかした)と全くもって散々だ。
さらに数日後、ゴールデンウィークの出来事報告として推しのパーソナリティさんのラジオ番組でメッセージを読んで頂いたりもしたが、今考えたら非常に申し訳なさしかない。推しになんてものを読ませてんだ。

そんなわけで、もう、命を絶つとかそんなこと考えちゃいけないなと今回の体験を通して確信したわけで……疑似だとしても結局こんな惨事になるのだから、考えたところでまじでいいことなんてない。どんなに辛く厳しい世であろうとも、生きていればこそである。それがわかったということで今回はよしとしよう。
あともう心身無理はしないようにしような…ちゃんと自分のコンディションと節度を守った行動ができる大人になりたいです、はい。

ちなみにこの認定証を系列のジャンプ台に提示すると体験料の割引を受けられるそうだがわたしはもうできない。


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