初恋の味

初恋は?と聞かれたら、わたしは迷わずあの日のチョコパイを思い出す。

両親いわく、W君というのがわたしの初恋の君らしい。
あんまり何度もその話を聞かされるものだから、顔も何も思い出せない男の子の名前だけは覚えている。

小学校に上がって初めて好きになったのはKくん。
この頃の「好き」って伝染病みたいなもので、クラスの女の子はみんなKくんが好きだった。Kくんがすき、ということが女子によくわからない一体感を醸していたのだ。頭がよくて運動神経もいい、おまけにとっても愉快なクラスのムードメーカー。記憶のなかの彼はそんな子だ。これは確かにモテる。

そして年齢がやっと二桁になった頃、わたしはRくんに恋をした。
いつから好きだったかは覚えてないけど、あのどきどきは今でも心に蘇らせることができる。Rくんが校庭でサッカーをする姿、遠くに見えた後頭部、ときには座っていた椅子を見るだけ、掲示物に印字された名前を見るだけでも、小さなわたしは精一杯どぎまぎした。

席順が隣だったとき、教科書を忘れたRくんに自分のを見せてあげたことがあった。「まったくこれだから男子は」という澄まし顔を取り繕ったつもりだけど、心臓が口から飛び出そうとはまさにこのこと。わたしの「好き」は最高潮だった。

同じくRくんに想いを寄せていたHちゃんという子がいたのだけど、わたしたちは本当に仲が良かった。”恋敵”なんていう物騒なものとはほど遠く、”恋する仲間”。ちょっとおませな同級生のなかには、すでに男の子と交際(!)している子もいた記憶があるが、わたしとは別次元の話である。
わたしにとって初めての恋心は、今までに経験のないとんでもない荒くれ者。動機と息切れでたびたび苦しくなるし、そうかと思えば妄想の世界へ長い旅に出てしまう。そんな気持ちをHちゃんと共有することで、なんとか宥めすかしていたのだ。そしてもしかしたら、彼女も同じだったかもしれない。

すでにわたし歴は30年を超えているけど、あれ程ただ純粋に楽しく恋をしていたことは後にも先にもない。
ほんの小さなことで、1日が光輝いてわたしを祝福していると思ったし、その気持ちをHちゃんと共有するのは何より幸せだった。
不思議なことに、Hちゃんから「今日はRくんとこんな話もできた!」というような報告を受けると、それもまたわたしの喜びになった。

そんな片思いを1年ほど続けたある日、わたしは風邪をひいて学校を欠席したRくんの家に学校からの配布物などを届けに行った。確か自ら志願したと思う。
ものすごく緊張しながらインターホンを押すと、Rくんのお母さんが出てきた。お母さんはきれいな人で、Rくんと面差しがよく似ていた。
何をどう話したのかまったく覚えていない。
ただ、お母さんが帰り際にロッテのチョコパイをくれたことだけを鮮明に覚えている。

シックで大人びた赤のパッケージ、薄くて歯を当てるとパリっと砕ける繊細なチョコレート、スポンジに挟まれた滑らかなクリーム。
人生で初めて食べたチョコパイだった。
Rくんへの気持ちと相まって、わたしのなかでお菓子の殿堂入りを果たしのは言うまでもない。くれたのはお母さんだけど、わたしにとってはRくんからもらったのと同義だったのである。

あれから気づけば20年以上。今なお、当時と変わらぬ姿でスーパーなどに陳列されるチョコパイを見るたび、嬉しくてちょっぴり切ない気持ちが顔を出す。わたしの初恋の記憶は、マッチで灯した小さなろうそくの灯りのように、ぽっと心に浮かんでくるのである。

                      2021.5.1    shiori🌸

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