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弟から見た両親の離婚と、心のヘッドフォン。

約2年前に、弟の遼と二人で飲みに行った。待ち合わせはJR武蔵小杉駅の改札。久しぶりに家族に会うので、私はソワソワしていた。

「どういう系がいい?あんまり詳しくはないんだけど、いくつかお店を知っているよ。」という弟に「あんまり肩肘を張らないお店がいいな。」とリクエストをした。

「じゃあ、串カツ屋にしない?ちょっと歩いたところにあるからさ。」

狭い店内に、たくさんの人が肩を寄せ合っていてにぎやかな空間だった。「っらっしゃいませー!」という威勢のいい店員さんに案内してもらって、テーブル席につく。

店内の壁にはズラっとお酒、食べ物のメニューと値段が並んで貼られている。

「とりあえず、生」という弟と、サワーを頼む私。安くて、大きいジョッキがドンと置かれる。

「久しぶりだね。今日は、休み?」
「うん、遼は?」
「僕も休み。さっきまで、授業案を作っていた。」
「おお、休みの日までお疲れ様。」
「部活もあるし、なかなか休めないよ。」

当たり障りのない世間話から始めた。

乾杯

弟と会うのは、私たちが母と住む家を出た2年ぶりくらいだったろうか。いや、祖母のお葬式で一度だけ顔を合わせたから、1年ぶりか。

「お姉ちゃんから連絡が来て、驚いたよ。」と、弟が切り出した。

「まあ、そうだよね。私、お父さんとお母さんからの連絡に全部ちゃんと返事していないし。」

「二人とも心配しているよ。会う気はないの?」

「今は無いなぁ。」

「そっか。」

私が久しぶりに弟に会うのには、明確な目的があった。今回を逃したら、また次にいつ会うか、わからない。時間がもったいないと感じた私は、さっそく、用意してきた質問を投げかけた。

「ねえ。遼は、お父さんとお母さんの離婚について、どう考えているの?」

「どうって…。うーん、正直、あんまり覚えていないからなぁ。」

「私は離婚について、ずーっと考えてきたの。お父さんに“なんで不倫したの?”って聞いたし、お母さんには“お父さんのこと、どう考えているの”って聞いた。でも、遼の意見は聞いたことがなかったからさ。」

「そんなことを聞いたのか。お姉ちゃんらしいなぁ。」弟は苦笑しながら、答えをはぐらかしていた。

「私は向き合わざるを得なかったんだよ。精神が不安定だったから、過去を避けて通れなかった。」

「まあ、僕はお姉ちゃんが大変そうにしていたのを見ていたから、自分も同じ道は行かないようにって気を付けていたよ。」

「ずるいよなぁ。末っ子って感じ。要領がいいというか。」

「うーん。どうかな。僕から見たら、お姉ちゃんこそ深刻に受け止めすぎだよ。」

「それは、一理ある。」

弟はハイペースでお酒を飲んでいた。私はちびちびとジョッキを傾ける。

「でもさ、離婚した後、私が部屋からトイレに行こうとすると、キッチンでお母さんが泣きながら煙草を吸っていたりして、放っておけなかったんだよ。」

思い出すだけでズーンとみぞおちの辺りが重たくなる。弟と比べて家にいる時間の長かった私は、何度も母が泣いている場面に出くわした。私が来たと気づいて、パッと表情を作るまでの数秒間の姿が目に焼き付いて離れない。

「そんなことあったんだ。知らなかった。」

「ほんと、鈍いよなぁ。お母さんが仕事から帰る時間に遼がリビングを片づけていなかったり、食器を洗っていなかったりするとよく怒っていたじゃん。」

「うん。」

「私は、シンクに置きっぱなしの食器を見て”おい、なんで片付けてないんだよ。どうして毎回同じことで怒らせるんだ。”ってイライラしていた。」

母はブランクを経て仕事復帰をしながら、家事もすることがすごく負担だったのだろう。離婚してから、怒りっぽくなった。

「ああ。よくあったね。あれ、半分くらいは気づかずやっていたけど、もう半分くらいはわざとだった。」

「えっ。」

「だって、そこまでやる必要ないじゃん。どうしてお姉ちゃんはそんなにお母さんの言うことを全部やろうとするんだろうって不思議だった。」あまり感情を交えずに、淡々と話す。

「ぐっ。その通り…。え。まさか、いつも部屋にいるときは大音量でヘッドフォンで音楽を聴いて、お母さんに大声で呼ばれても返事しなかったのも?」

「うん。あれはわざと。音楽が本当に好きだったのもあるけれど、それだけじゃない。」

「く~~~っ!ずるっ!!その分、私の方にとばっちりがきていたんだぞ!」

「僕は心にヘッドフォンをしていたの。あのときは、僕も自分の問題で大変だったんだよ。」

「何がそんなに大変だったの?」

「今はけっこう友達もいるけれど、あのときは仲のいい友達がいなかった。自分がどんな人間かもわからなくて、そういうのを延々と考えて本を読んだり、ノートに書いたりしていた。」

「え。全然、知らなかった。」

「でしょ?」

「だって、いつも冗談を言ってばかりだったし。そんな話ちっともしなかったじゃない。」

「それは気を遣っていたんだよ。あと、話をしても分かってもらえないだろうなって知っていたし。僕には僕の苦労があったの。」

「へー。それもそうか。」

話をしてみると、弟は教師という仕事についてもしっかりとした意見を持っていた。仕事観について、話し合うのもはじめてだった。

両親の離婚についてだけでなく、思い出話や、現在の仕事、付き合っている人についてなど、色々な話をした。

お酒も進み、口が滑らかになってくるにつれて、私の中ではムクムクと意地悪な気持ちが湧き上がってきた。

「でもさぁ。君が心にヘッドフォンして、色々なものを聞かなかった間、私は散々嫌なところを見てきたんだぞ。君が知らないような裏事情も知っている。」

「それは、そうだろうね。」あっさりと肯定する。

「…知りたい?」

「いや、知りたくない。」

「ずるいぞ。いつまでも汚い部分を見ないつもりか。」

「だって、今知ったってしょうがないじゃない。嫌な気分になるだけだよ。」

「君はお父さんが不倫していただけだと思っているでしょ。実はお母さんも不倫していたんだぞ。しかも、相手は〇〇さんだ。」

「あーーーーーーーっ!!」
大きな声を出して、耳に手をふさいでいたが、聞こえたらしい。

「だから、聞きたくなかったのに…。」と、ガックリと肩を落としていた。

「観念しなされ。私はもう、家族の間に入らないから。思春期まっさかりのときにお母さんから泣きながら"愛していたのに!"って、不倫の事実を知らされて、口止めされていた私の身にもなってよ。もう、私が抱えておきたくないの。」

「まあ、それはね。でも、嫌だなあ。」

ずっと余裕のあった弟から笑顔が消えた。

「今は、僕が間に入っているよ。お姉ちゃんがいなくなってから、お母さんから連絡がすごく来るようになって大変だったんだから。」

「それは、お母さんの問題でしょ。私の知ったこっちゃないし。」

「ひどいなぁ。」

「私は、お父さんとお母さんが離婚する前から、その役割を散々やってきたし、もうやりたくない。心身を壊すから、絶対にやらないって決めたの。」

弟のせいではないけれど、私の恨みは深いのだ。

「知っている。ずっと、お姉ちゃんが守ってくれていた。だから、今こうして間に入っているでしょ。僕はあんまり深刻に受け止めるタチじゃないから、お姉ちゃんより平気だよ。」

「たしかに。そういうところ、昔からうらやましかった。」

「まあまあ。おかげで、お姉ちゃんの方にあまり連絡行ってないでしょ。僕が逆効果だよって止めているんだ。お姉ちゃんとお母さんは近すぎたから、このくらい極端なやり方じゃないと、距離を置けないんじゃないかなって。」

「すごい。よくわかったね。」思わず、拍手を送る。

「僕の読みはけっこう当たっていたね。すごくない?」と、誇らしそうにして、笑った。

そういえば、遼はこういうやつだった。家族が深刻な雰囲気になると、いつもみんなを明るく笑わせて空気を柔らげるのだ。小さい頃から変わっていない。けれど、両親の不安を受け止めて、自分のところで留めておいてくれる姿は、別の人のようでもあった。

そうか。私は自分の力で少しずつ健康を取り戻したつもりでいたけれど、弟が防波堤になってくれていたのだ。そのおかげで、私は自分の人生の問題に取り組む時間を確保できたのか。

心のヘッドフォン

母と弟と私の三人で住んでいたころ、弟はテレビから流れる芸能人の不倫のニュースを見て「バカだよな。僕なら、絶対に不倫なんかしない。」と顔をしかめていた。

ニュースを見終わったあと、私と二人きりになった母はポツリと「遼は、潔癖すぎて、心配だわ。」とこぼしていた。

そんな弟が、二人で飲んでから1年後に4年ほど付き合った彼女と結婚した。

弟によると、彼女も育った家庭環境が複雑らしい。だからこそ、自分の家族の話もできると言っていた。

彼女も、私と同じように自分の両親と会うのが苦手な子だった。結婚の挨拶のときにも、彼女は実家に帰りたがらなかった。弟が「ちゃんと挨拶をしよう」と説得をしたらしい。彼女は、「遼さんが場を盛り上げてくれたおかげで、助かりました。」とはにかんでいた。

きっと、うちの家族でいたときのように、明るく冗談を飛ばしているのだろう。その光景が目に浮かぶ。

遼。君は、つらいことから目を背ける傾向にあるから、私は今も少しだけ心配だ。過去の話を聞いても、私よりもずいぶん思い出せないことが多かったし、それを放置していた。嫌なことがあるとヘッドフォンをするくせは、昔から変わっていないような気がする。

「遼」は「はるか彼方を見つめてほしい」という願いでつけたそうだけれど、「本当にはるか遠くばかり見つめて、足元を見ない子になってしまった」と母が嘆いていた。

それでも、昔よりもずっと頼もしくなった。過去を乗り越えようとしながら明るい方へ進んでいく君の勇気を尊敬する。

結婚、おめでとう。また、お祝いしよう。

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