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気遣いは魔法使い

あけましておめでとうございます。
一体今年はどんな年になるのでしょう。
ま、先のことは分かりませんし。
はじめまして。Shioriです。
いきなりですが、最近の気付きを。
この前、ふとした時に自分で思いついた捉え方があるんです。
それは「気遣いは魔法使い」ということ。
ちょっと語呂が悪いかな?
でも、気を遣えるってみんながみんなできるわけじゃない。
だって、できない人がいるから心優しい人たちは傷つくわけだから。気を遣える人はその場の雰囲気や誰かのしんどい思いを瞬時に理解して、たとえ自分が多少犠牲になったとしてもその場の空気が悪くならないように、その場の誰かがこれ以上しんどくならないようにってその人を救ってる。気遣いができる人ってさりげなく、誰かに気づかれることなくそれをやって退けたりしてません?まるで魔法のよう。既存の言葉にするならば、ジェントルマンともいうのかなぁ。その気遣いを気付ける人もまた気遣いができる人。まあ、気付ける人と気遣いができる人っていうのはイコールになりますね。
こうして書くと気遣いできる人って神様かよ!ってなる。(いやそこは魔法使いでは)
でも実際そんな扱いを受けれてないのが不憫なところ。報われるべきだよね。。。
優しい人から順番に。
しかも不憫ポイントはもう一つ。
気を使いすぎて疲れちゃうということ。
そういう人たちって自分のことなのに、その疲れ自体に気付ける人はなぜか少ない。
私もそう。私もって? そう、私は普段から魔法使いなんですよ〜。これを読んで共感しちゃってるあなたも魔法使いなんですよ。
ウチらったらほーんとカッケーんだからぁ〜♡
自分のしんどさに気づいてあげられないのってなんでなんでしょうね。
もはやこっちは周りに気を使い続けてきたんだから一人くらい私のしんどさに気付いてくれよってな〜。
でもそういう人って隠すのが絶妙に上手い。俳優でもないんだから嘘つくことないのにね。でもその人に問題があるわけじゃない。隠すことに慣れちゃったせいだし、隠さなきゃいけない環境のせい。だってこんなに懸命に生きてんだよ。人を傷つけず、もはや優しすぎるくらいに。
それじゃあ、自分に魔法って使えるんだろうか。

そんなことを、ぼーっと明日は考えてみます。

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