プリキュアになりたかった
10月からおとなプリキュアが放送される。
それを記念してボクの大好きな「Yes!プリキュア5」がYouTubeで1日1話配信されている。
ボクはそれを記念して、プリキュアになりたかった話を書こうと思う。
今改めて観ると、1話での主人公の「やりたい事が見つからない」と言う悩みが、中学生、高校生には刺さる悩みだと思った。やりたい事が見つからないからと色んな事に挑戦する主人公の姿はとても素敵だと思った。数年、放送年月を考えると十数年経って見返した彼女達は、ボクが憧れたヒーローであった。
ボクは何故プリキュアになりたいと望んだのだろう。
それは世界を、身の回りの平和を守ろうと、力を合わせて闘う彼女達が格好良くて、憧れたのだ。
だが現実、ボクは変身なんて出来ないし、それどころか飛んで跳ねてみせることも、走ることも出来ない。それでも、心だけでもプリキュアのように強く綺麗で居たいと願うのだ。
つい先日、大切な人と話す機会があって、中学生時代自転車に乗っていたボクを知っているその人に自転車に乗れなくなった事を言うと「大変になったんだね、辛くない?」なんて返された。「出来ないことは増えたけど、楽しく生きられてるから大丈夫だよ。」そう本心から伝えられた。強いんだね、そう言ってもらえて、とても救われたと感じた。今歩んでいる道が間違いではないと思えた。中学時代のお友達が大学生や専門学生になる今、2学年遅れで生きているボクだけれども、飛び降りたあの日と比べて、楽しく、強く生きることが出来ているのだと、自他共に認められる生活が出来ている。
ボクは物理的に強い人にはもうなれないのだと思う。
それでも、ボクは大切な人達にとって、強く優しい人でありたいと思う。
ボクはプリキュアだとか、ヒーローのように、広く皆の幸せだとか、世界平和だとかは願うことが出来ない。それでも、そんなボクだからこそ、大切に想える人達の幸せと身の回りの平和を願っていきたいと思っている。誰かが幸せになればその陰で誰かが涙を流す世界なのだとしても、ボクの大好きな人達には笑顔で居て欲しい。そんな我儘で自分勝手な願いを出来る限り現実に近付ける為に、ボクは大切な人が寄りかかっても大丈夫な強い人でありたい。
ボクの対峙する困難はプリキュアである彼女達に振りかかる困難とは全く違うかも知れない。ボクの困難はボクの考え方だとか自分自身が引き起こしているのかも知れない。でもボクも家族やお友達、大事な人達に囲まれて、強く生きていく。
ボクの憧れた彼女達にもし会えたとしたら「ボクも、沢山の大切なものに出会って、強くなれたんだよ」と胸を張って言えるように。
それがプリキュアに夢と希望を与えてもらったボクに出来ることだと思っている。