見出し画像

禍話リライト『良くない筋の話』

——時として、人から聞いた話を自分の“物差し”で測ると全くの見当違いだった、という事がある。


これは知人のA君から聞いた話である。

A君にはBさんという女性の知り合いがいた。ある日A君はBさんから相談を受ける。
その内容は、Bさんの弟についてだった。

Bさんの弟・C君は大学生だ。
C君は大学の研究でフィールドワークの調査をする為、とある地域へ行くことになった。滞在は1週間ほどの予定だったが、なんとC君は3日で帰って来てしまう。

そして、唐突に「大学を辞める」と言ったのだ。

フィールドワーク先で嫌な事があったのならば研究を辞めれば良いし、休学という手もある。
理由を尋ねても、C君はこう繰り返す。

「良くない“筋(スジ)”だった」

“筋”と聞くと反社会的な筋を思い浮かべる人もいるだろう。
もしも教授の紹介先が不良達の溜まり場だったのであれば、フィールドワークとはいえ行きたくないのも頷ける。
とりあえずC君は休学することになった。

しかし、具体的な理由が分からない……そこで白羽の矢が立ったのがA君だった。
姉よりも同性の方が胸の内を明かしてくれるかもしれないし、何よりA君の研究内容もC君と同じだったのだ。

A君は快諾し、近所の喫茶店でC君と会うことになった。
C君はその地域についてあまり話したがらず、「はい」と相槌を打つだけで話は進まない。
A君の持ち前のトーク力で緊張はほぐれたものの、肝心なところは「良くない筋だった」としか言わなかった。

悩んだA君は民俗学に詳しい友人に相談する。
話を聞いた友人の口から出た言葉、それは『ナメラスジ』だった。

ナメラスジ

(前略) 魔物の通り道と言う。
魔物とは12支以外の獣類で、その筋を屋敷にすると思わぬケチ(予期せざる不幸災難)があり、またこの筋に当る家は必ず繁盛しないとして忌まれる。

引用元:国際日本文化センター 怪異・妖怪伝承データベース

“筋”の正体は人が触れてはいけない、タブー的な物(ツキモノやイヌガミ等)なのかもしれない……

それならば、C君が他の人に言えないのも仕方がない。
そう思ったA君はBさんにこっそりとナメラスジの事を伝え、本人にはその話題に触れないでおこうという結論になった。問題は解決したと思われた。


事態は1カ月後に急転する。
ある夜中の1時半に、Bさんから着信と留守電があったのだ。

留守電に残されていたのはパニック状態のBさんであろう泣き声で、何を言っているのかわからない。
A君が慌てて電話を折り返すとBさんは出てくれたが、状態は留守電の時と変わらなかった。

A君が急いでBさんの家へ向かう。家の前ではBさんとBさんの両親が総出で待っていた。
Bさんの父親が「(C君は)2階に……」「(A君が)筋に詳しく聞いたので……」とA君を頼りにしている様子だ。
A君は一体何があったのかを尋ねる。

夜、C君の部屋から小声で何かを呟いている声が聞こえて来たそうだ。しかし、どんどん声が大きくなっていく。
隣の部屋にいたBさんはもちろん階下にいた両親も気が付く程の音量まで達し、しまいには「あぁぁぁ〜〜!!」と大声をあげるまでになっていた。
Bさんと両親の3人でC君の部屋に入るも太刀打ちできず、その“筋”に詳しい(かもしれない)A君を呼んだというわけだ。

——家まで来てしまっては断ることも出来ない。

A君は2階に上がって行き、C君の部屋をノックする。返事も無くC君は「あぁぁぁ〜〜!!」と声をあげており、何を言っているのかわからない。
ドアを開けて中に入ると、C君はこちらに背を向け膝立ちの状態で大声をあげていた。

勇気を持って「どうしたんだ」とC君の肩を叩くA君。C君は我に帰ったようで「はっ!」と驚きの声をあげた。
A君は少し怒り気味にC君を問いただす。

「俺だ、俺だよ!どうしたんだよ?こんな夜中に大きい声あげてみんなびっくりしてるぞ?!一体どうしたんだよ!なぁ?!」

「いや……良くない筋だったんです良くない筋だったんです良くない筋だったんで」

「それはもう聞いた聞いた!前に聞いたよ!だから、良くないようにしていけば良いんじゃない?って事になったじゃん!どうした?悪い夢でも見たのか?」

「いや……でもね、こうしたら良かったんですよ……」

A君の方を振り返るC君。

C君の顔には、あちこちに変な切れ目が入っていた。


出血する程では無いが、赤い線のような傷が複数。
C君は定規で自分の顔を傷付け、筋を付けていたのだ。
唖然とするA君にC君は言う。


「これで僕の顔が良い“筋”になったんですよ」


A君は適当に言葉を掛けて1階へ降り、両親に顔の傷のことを告げた(その時にC君の手から取った物が定規だった事に気付く)。

——人間は恐怖の沸点を超えてしまうと、逆に冷静になれるのかもしれない。

A君は鋭利な定規などをC君に持たせないことやC君の話を聞いてあげること等を両親に助言(?)する。2階が静かになったのもあり、Bさん一家の家を後にした。

帰り道でA君は考える。

「ナメラスジは全く関係が無かったじゃないか!!」

そして先ほど見たC君の顔の異様さに、恐怖に震えるのであった。

翌日、C君があの後どうなったのかを確認するため、A君はBさんへ電話をする。
Bさんは申し訳なさそうに昨日の騒ぎを謝罪し、両親とは然るべきところで見てもらうと話し合ったそうだ。
Bさんと両親はC君の顔も見たと言う。そしてこう言って電話を切ったそうだ。

「あれじゃあ……まだ筋が良くないんで」

A君は今でも変わらずBさんとの交流を続けているが、いまだにC君の事を聞けずにいるという。


この話は、かぁなっきさんによるツイキャス
禍話『禍話インフィニティ 第二十二夜』(2023年12月16日)から一部を抜粋・文章化した物です。

禍話:X
https://x.com/magabanasi

禍話 簡易まとめ wiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?