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This is Peachful life(いまから岡村靖幸を語らせて。)

今から12年前、小学校高学年だった私は、教室という狭い世界の中で生き残ることに必死だった。

スクールカーストの上位にいる子たちには媚を売り、月はじめには中学生向けのファッション雑誌を買い、「ダサい」とか「ぶりっ子」とか言われないように、毎日コーディネートに頭を悩ませる。

休み時間の話題についていけるように、みんなが見ている番組は必ずチェックし、本当はあまり興味が湧かないドラマでも毎晩うとうとしながら見て、主題歌や流行っている曲は繰り返し口ずさんで覚えるようにした。

「○○ってかっこいいよね!」と同意を求められれば「かっこいい」と言うし、「△△(グループ)の中で誰が好き?」と聞かれれば一番ルックスが良くて人気のある人を答える。

何をもって「好き」と言えるのか、何がどうなれば「ハマった」ことになるのか、さっぱり分からなかった。

―――あの衝撃と出会うまでは。



2007年9月のことだ。

いつも通りに学校から帰ってくると、机の上に1枚のCDが置かれていた。どうやら、母が買ってきたものらしい。

「珍しいこともあるものだ」と思い、見てみると、ジャケットには一人の知らないおじさんと『岡村靖幸 はっきりもっと勇敢になって』の文字が書かれていた。

母に「聴いてみる?」と言われ、宿題のBGMにしようと頷くと、しばらくして、空にキラリと輝く星を思わせるような、穏やかなイントロが流れだした。

そして、ジャカジャン♪という軽快なギターとともに歌声が流れると、思わず問題を解こうとする手が止まった。


な、なんだ、これは……。

爽やかな曲調なのに、なんか「イェー」とか「ノゥホゥ~」とか「ウーッ!」とか言ってるし……。

クセがすごい、なんてもんじゃない。


カップリング曲『嵐の気分(着替えをもって全裸のままで)』は、『はっきりもっと勇敢になって』とはうって変わって、ねっとりとした大人の雰囲気で。曲を聴いているだけなのに、なんだかイケナイものをのぞき見ているような後ろめたさを感じた。


なんか、好きとか嫌いとか、良いとか悪いとか、そういう次元じゃなくて。
それを「かっこいい」と言ってもいいのかすら、幼い私にはよく分からなくて。

今まで食べたことのない味を口にしたときのように、違う星の生き物を初めて目にするときのように、ただただその衝撃が頭から離れずにいた。



『はっきりもっと勇敢になって』で昔のファン心が蘇った母は、後日、他のCDも引っ張りだしてきた。

そこで聴かせてもらったのが、アルバム『靖幸』に収録されている『聖書』と、『家庭教師』に収録されている『どぉなっちゃってんだよ』だった。

アルバムバージョンの『聖書』という曲は、いきなり長台詞から始まる。

ねえ 君は僕の事好きだって言うけどさ どうして?
背が高いから?曲を作るから?歌を歌うから?踊りが上手だから?
やめろ!僕は君の彼氏になりたいだけなんだ
君は僕の胸に輝くピカピカのメダル
そして この僕は 君の最新型のベッド 最新型のベッドだよ
今夜は 君のヒップが何でできているか
パパやママやみんなに教えてあげるんだ
ねえ たとえ君に彼氏がいたってかまうもんか
僕は あいつには絶対できないキスのやり方を知ってるからね
今 見せてあげるよ

聴いているこっちが恥ずかしくなってしまうような言葉を、たまに吐息を交えながら囁かれ、その真面目なトーンに思わず笑ってしまう。

そして、台詞のあとに始まるベースラインが、とても耳に残る。

この曲の彼は学生で、同級生に恋をしているが、意中の相手には他に好きな人がいる。
片想いのもどかしさを歌った純愛ソングだが、相手が好きな人とは、"35の中年"で"奥さんもいる妻帯者"だ、というパンチのあるストーリーだ。

前奏(台詞)も長いが、後奏はさらに長く、約3分もある。
シンセサイザーやギター、ホーンといったさまざまな楽器と、歌詞には載らない"英語っぽいナニカ"の音あそびがとても面白い。

最後の「ぶーしゃからか ぶー」というフレーズは、声に出して歌いたい靖幸語だ。


『どぉなっちゃってんだよ』は、リズムに歌詞がぴたりとはまっていて、語呂の良さが気持ちのいい曲だ。

それまで私は、歌詞の意味を考えながら曲を聴いたことなんてなかったように思う。しかし、

どぉなっちゃってんだよ 人生がんばってんだよ 一生懸命って素敵そうじゃん
どぉなっちゃってんだよ 人生がんばってんだよ ベランダ立って胸をはれ
俺達きっとなんだかんだ言って宿題なんぞ投げ出したい
そんで流行の雑誌で生きかた定めて ファッションファッション

という歌詞を聴いたとき、「あ、私の歌だ」と思ったのだ。

職場でバカなセクハラ上司がとなりの席になったこともないし、酢いも甘いも知っているわけではないけど、子供ながら毎日に窮屈さを感じていた私は、初めて歌詞に共感し、音楽を自分のものとして聴いたのだった。


もっと知りたい。たくさん曲を聴いてみたい。

何でもいいからと流行りの曲を片っ端から入れて、気が向いたときにだけ起動していた自分専用のウォークマンは、好きな曲でいっぱいになり、私にとって音楽はとても身近なものになった。

学校で誰ひとり彼を知っている人はいなかったけど、それでもよかった。

だって、私が好きなんだから。


ときどき学校や友達の家で他のアーティストの曲を聴いて、それからまた岡村靖幸に戻ると、「やっぱり変だな」と思った。

歌詞カードを見ないと、何を言っているのか分からないし。
歌詞カードを見ても、何を言っているのか分からない。

「Crazy×12-3=me」(『聖書』)って、何…?
「心に住んでる修学旅行が育つんだ」(『ラブタンバリン』)とは…?

『(E)na』という曲に関しては、もう最初から最後まで全部分からない。

"車がない"などという理由でいつも女の子に振られているし、ダンス(デンス)もクネクネしているのにキレッキレで独特だ。

でも、それが良いのだ。

私はもう、岡村靖幸でないと満足できない耳になってしまった。



それから、4年の月日が経った。

高校生になった私は、親の影響やインターネットを通じて、たくさんの音楽と出会った。
「好き」がどんどん増えていって、気がつけばウォークマンの容量は足りなくなっていた。

それでも、「誰が好きなの?」と聞かれれば、即答で「岡村ちゃん」と答えた。


ある夏の日、学校の帰り道で何気なくTwitterを見ていて、飛び込んできた文字に一人むせび泣いた。

そして、生まれて初めて"ライブ遠征"というものをした。

オープニングの『どぉなっちゃってんだよ』(『エチケット』ver.)で、焦らしに焦らされたあと、カーテンが開いて姿が見えたとき、私は思わず頬をつねるというベタなことをした。

ずっと憧れていた人が、目の前にいて歌って踊っている、その状況が信じられなくて。ずっと一人ぼっちで聴いていた音楽に、たくさんの人が熱狂して体を揺らしている、その空間が尊すぎて。

ただただ、今この瞬間を目に焼き付けることで精いっぱいだった気がする。

何秒か目を閉じて開けてみたら、部屋の布団の上にいるんじゃないかと思うほど、儚かった。


岡村靖幸のライブは、"DATE(デート)"と呼ばれている。

どんなライブでも、前列になったときに「あ!今、目が合った!」という瞬間があったりするものだが(実際に合ったかどうかは別として)、岡村靖幸のライブでは、一番後ろにいても「あ!目が合った!」と思うときがある。

―もちろん、何千人という規模のホールやライブハウスで本当に目が合っているわけはない。ないのだが、歌やダンス(デンス)やパフォーマンスのすべてが、まるで一対一で対話しているように、オーディエンスの一人一人に投げかけてくれている感じがする。

だから、ベイベ(ファンの呼称)一人一人がまさに"デート"を楽しんでいるような幸福感に包まれているのだ。


ツアーは年に2回ほどのペースで開催され、そのたびに県外へ足を運ぶようになった。

そして、そのときは突然訪れた。

忘れもしない、2014年の春のツアー『将来の夢』だ。

岡村ちゃんに初めて出会ったあの曲が流れた瞬間、涙を堪えることができなかった。


『はっきりもっと勇敢になって』を聴いたあの日から、私の人生は大きく変わった。

つらかった学生時代、支えになっていたのはずっと岡村ちゃんの音楽だった。

この曲と出会わなければ、今の私は間違いなく存在していなかっただろう。


私の人生には、いつだって岡村ちゃんがいる。

音楽の楽しさを教えてくれたのも、愛の意味を教えてくれたのも、表現の奥深さを教えてくれたのも、私にとってはすべてが岡村ちゃんだった。



2013年の『ビバナミダ』以降、数々の新曲もリリースされ、今年のはじめにはシングル『少年サタデー』が発売された。

他のアーティストとコラボすることも多く、10月にはRHYMESTERとの共作『マクガフィン』が発表されたばかりだ。


曲を聴けて、ライブがあって、岡村ちゃんがいる。それだけで、なんだかこの世界が輝いて見えてくる。

同じ時代に生まれてこられて、本当によかった。


今までもこれからも、岡村靖幸の音楽とともに生きていく。

そして道に迷いそうになったときは、いつだってこの歌詞を思い出すのだ。

よく考えてみてよ 僕がアンサーだぜ


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