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for serendipity983「誰にとっても鍵盤はこの数しかないよ」

作家、文化人類学者・上橋菜穂子さんの『物語ること、生きること』(2013)で紹介されている村上春樹さんから聞いたジャズピアニストのことば(はじめにより 14p)。

 ・・・物語をどうやって組み立てるのか、そういう「物語の方程式」を教えることは簡単です。でも方程式どおりに組み立てた作品は、だいたいがありがちの展開、ありきたりの物語に堕ちてしまいます。プロの作家は、反対に、お決まりの方程式をいかに外すかを必死で考えているものです。
 ありとあらゆる物語がすでに書きつくされてしまったかのように思えるなかで、自分だけが書くことができる物語に、どうしたらたどりつけるのか。それだけは、人から教わることができない、それぞれの作家が自分自身で見つけだすしかないことなのです。
 この本では、私が物語を書くことができるようになるまでを振り返ってみたいと思います。私なりに歩んできた道のりが「どうしたら作家になれるのか」という質問の、ひとつの答えになっているといいのですが。
 私は河合隼雄物語賞という文学賞の審査員をしているのですが、その賞の創設を記念して、村上春樹さんが京都で行った講演を聞いたとき、彼が語ったエピソードが、いまも心に焼きついています。
 ある若者が、有名なジャズピアニストに「あなたのような音を出すにはどうしたらいいですか」と聞いたら、そのジャズピアニストは彼をピアノの前に連れていって、こう言った、というのです。
「誰にとっても鍵盤はこの数しかないよ」
小説も同じです。誰にとっても、道具はパソコンやペン、そして頭と手だけ。
どんな作家も、そこから生みだすしかないのです。(13~14p)


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