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虚構文庫解説『アッチのテリーヌ』

この解説文はフィクションです。


〈解説〉 沙島 志央

 みなさんはお家でテリーヌを作ったことがありますか?

 フレンチレストランで前菜として運ばれてくるテリーヌはお皿の上の芸術。デパ地下ではカワイイもの好きの女子たちの心をとらえて放しません。

 テリーヌはちょっと特別な食べ物。自分でつくろうなんて、考えたこともありませんでした。『アッチのテリーヌ』に出会うまでは。

 物語の中でも登場するル・クルーゼのテリーヌ型は、私にとっては憧れの調理器具でした。温かい橙色をした長方形の陶器。作者の小屋スズメさん愛用の品でもあるようです。『アッチのテリーヌ』を読んだらどうしようもなく欲しくなって、すぐに購入してしまいました。持っているだけで料理上手になった気がします。

 テリーヌはもともと保存食として作られていたフランスのおふくろの味。この型に余った肉や野菜を入れて焼き上げると、肉の脂やゼラチン質が具材の変質を防いで一週間くらいは食べられるそうです。今は流通や保存技術が発達しているので、魚介など様々な食材を使った色とりどりのテリーヌを楽しむことができます。

 アッチのテリーヌは、包丁を入れた時の美しい断面が印象的です。食べるのがもったいないと思わせておきながら、なんとも食欲をそそる描写が憎らしい。目で癒やされ、食べると心がほぐれていくアッチのテリーヌ。本書では四種類のテリーヌと、それにまつわる四つの物語が展開します。

 主人公は小学四年生の航示。みんなからは”コッチ”と呼ばれています。肺に病気を抱えているコッチは学校を休みがち。そんなコッチの家の一階は、死んだおじいちゃんが二年前までやっていた喫茶店。物置になっていたその場所でテリーヌのお店をはじめたのが、コッチの遠い遠い親戚だという敦子、”アッチ”でした。

 アッチのお店のメニューはテリーヌとパンだけ。アッチは草ぼうぼうになっていたコッチの家の庭にハーブや野菜を育てはじめます。お気に入りだった喫茶店をアッチに奪われて不満だったコッチですが、アッチが気になってたまりません。次第に心を開き、アッチのテリーヌ作りを手伝うようになります。そこにやってくるのが風変わりなお客さんたち。

 第一章「ふうふさんの春畑テリーヌ」に登場するのは田畑夫婦。農家を営む二人ですが、妻の春菜がアッチに相談したのは夫の浮気疑惑でした。アッチとコッチは協力して真相を探ります。

 第二章「サーシャの夏色テリーヌ」では留学生サーシャとコッチの隣の家に住む大樹の恋が描かれます。大樹の父親とアッチの秘密も、ここらへんから少しずつ明かされていきます。

 第三章「コッチの木の子テリーヌ」では 、コッチの家族とアッチとでキノコ狩りに出かけます。心配性の母親と、「普通の子は」が口癖の父親。コッチは薬の影響で少食になってしまうことがずっとコンプレックスでした。テリーヌを半分しか食べられなかったコッチに、アッチは「コッチはコッチだよ」と声をかけます。同じ言葉を大樹の父親にかけてもらったと、アッチは明かすのでした。

 最終章「アッチのあっちっちテリーヌ」では、アッチと大樹の父親との関係が明らかになります。アッチが彼にふるまったのは、温めるとトロッととろけるチョコレートテリーヌ。添えられたフランボワーズが、アッチの甘酸っぱい記憶と重なります。

 ほっと満たされて、明日が来るのがウキウキしてくる心あたたまるストーリー。章の末尾にはテリーヌのレシピも公開されています。本を閉じてテリーヌ型を買いに走るのは、きっと私だけではないはず。

 うれしいことに、小屋スズメさんが経営するカフェ「スズメのおやど」で『アッチのテリーヌ』に登場したテリーヌを食べることができます。カフェのオーナーでもある小屋スズメさんの小説の魅力は、なんといっても美味しそうな料理の数々。そして優しさあふれる物語。食べることは生きること、と言いますが、『アッチのテリーヌ』も読者が日々生きていくための糧になるはず。

 続編も執筆中とうかがっています。のんびりテリーヌを作りながら、アッチとコッチに再び会えるのを楽しみに待ちましょう。

#虚構文庫解説
 

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