見出し画像

Bad Things/25

【episodeヒナキ〈1〉種火】

 フォン・ド・ヴォーと赤ワインの濃縮した芳香というのは、どうしてこうも食欲をそそるのだろう。隣に立って私の作業をながめていたサチさんは「空腹の限界」と絞り出すように言い、どこかへ歩いていった。

 私は鍋からレードルで煮汁をすくい、シノワ(漉し器)で濾していく。手を動かすごとに漂う香りに、私はやはり厨房で働いていたいのだとしみじみ思う。

 もっと料理が上手くなりたい、お客様の心に響く一皿を作りたい。『レスプリ・クニヲ』以外の場所でも働いてみたい。

 定休日の今日、私は数日ぶりにコックコートを着た。昨日までの数日間、私が身につけていたのは白シャツに黒のサロンエプロン。サービススタッフとして店に立った。

 仕事に向かいながらも、”私は何を間違えたのだろう”そう心のなかで何度も彼に――スミ君に問いかけた。

 距離をおきたいと言ったのは私。意を決して伝えたはずの自分の言葉が正しかったのかどうか。考えて気づいたのは、その答えが出ても今更どうにもならないという事実。

ここから先は

6,948字
この記事のみ ¥ 100
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

よろしければサポートお願いいたします。書き続ける力になります!🐧