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【小説】惑星軌道より愛を込めて

西野夏葉さん主催のクリスマスアドベントカレンダー企画に参加させていただけることになりました。



テーマは「クリスマス」
12/19の担当です。

掌編小説です。


惑星軌道より愛を込めて


 調査船が動力を失ってから、もうすぐ一年が経とうとしている。

 生命維持装置は問題なく動いている。観察スコープも、計測器も、母星と連絡を取るための通信装置も。
 ……もっとも、発信したところでそれに応えるものはないのだが。

 
 私たちの住む惑星に訪れた食糧危機は、気付いた時にはもう手の施しようのない状況になっていた。
 アグリカル農業チャやアルケミ錬金術の全てを費やしても、惑星の人口増加を賄える程の栄養素を生み出すことが出来なくなった。
 なぜそんな事になるのか? 前もって対処しなかったのか? そう聞かれても、私たちは元来からそういう気質であったと言うしかない。
 今日が大丈夫なら明日も大丈夫。
 データではなく経験を判断材料として重んじ、悲観より楽観を好む者が多数を占める人種だった。

 全てが手遅れとなった時、私たちに残された道は二つ。
 一つ目の選択肢は、増えすぎた人口を間引いて適正数を維持すること。
 二つ目は、移住可能な他の惑星を探すこと。人を減らすのではなく土地を増やす方向だ。

 国民の意を問う投票が行われ、私たちは一も二もなく後者を選んだ。

 私たちは移り住む先を決めるため、早急に宇宙を探索する必要があった。早急に、かつ、隈なく。
 タイムリミットは刻一刻と迫っている。砂時計が落ちきるのはもう目前なのだ。

 私たちは、宇宙の各惑星系に一つずつ調査船を出す事にした。
 一人乗りの船で、何光年もの旅を行う。気が遠くなるが、星ひとつ分の命を背負う重要な仕事だ。

 パイロットの選出が急ピッチで行われ、私は運良くその大量採用計画の末端に引っかかった。まさかこんな形で子供の頃からの夢であったパイロットに手が届くとは。

 調査船には、我々の持ちうるあらゆるテクノロジが集結していた。
 身体の状態を日々自動で記録するモニター、船外を分析して我々が生存可能な環境か判別する分析機。
 パイロットのエネルギ効率を最大限に引き上げる栄養補給装置を見た時は「これを普及させれば食糧危機に対応できるのでは?」と思ったが、この装置のために莫大なコストがかかっていると知って肩を落としたりもした。

 調査船が打ち上げられる日、大勢の人が私たちパイロットの出発を祝った。希望の調査団、未来を運ぶ船、銀河を駆ける戦士。仰々しい言葉の数々が私たちの出陣を彩った。

 怖くはなかった。
 私の胸には使命感が満ちていた。
 
 そうして、歓声をかき消す発射音と共に、パイロットが乗る小さな船は一斉に宇宙へと飛び出した。

 旅は順調だった。
 一人乗りの小さな船は、光よりも速いスピードで銀河の海を泳ぐ。

 私が調査に向かう惑星系は、故郷から九光年ほど離れた場所だ。
 光速で移動しても九年かかる距離。その事実だけでも、この旅の果てしなさを感じずにはいられない。しかも、新人パイロットの私はこれでも近場の担当なのだ。

 船はぐんぐんと進む。発射してすぐは強い加速度に体が引っ張られて難儀したが、必要な速度に達してからは全くもって快適な旅だ。
 私は操縦席から背を離し、ううんと伸びをした。

 その時である。

 突然、船に大きな衝撃を感じた。後ろから誰かに突き飛ばされたように、私はフロントパネルの方へとつんのめって倒れた。
「何事だ?」
 身を起こすと、沢山あるモニタの一つが暗転している事に気がついた。同時に血の気が引く。

 船の動力を司るコンピュータが止まっている。
 これではいずれ帰ることが出来なくなる。
 私はすぐさま復旧を試みつつ本部と通信を開始した。

「メーデー、メーデー。こちら調査船ナンバイチニイチク」
『……はい。こちら本部』

 しばらくの間があって通信機から応答があった。
 何やら音声の背後が騒がしいような気がする。

「船の動力が停止した模様。復旧試みますが目処は立ちません」
『あー……そうでしょうね』
「『そうでしょうね』……?」
『現在同様の問合せ多数につき順に対応します。えーと……船の現在地取得しました。幸運ですね、そのまま直進したら近くに惑星系アリ。軌道上で待機のこと。以上』
「はっ?」

 そのまま、通信は途絶えた。

 どういうことなのだ。動力部の設計に不備があったのだろうか。この調査計画は母星に暮らす全員の命運をかけたものなのに。
 エンジニアの中に雑な仕事をする輩が紛れていたのか。とてもじゃないが理解し難い。
 
 私は小さくため息をついた。
 まさか予定外の惑星系に留まることになるとは。
 言われた通りにしばらく進むと、確かにそこに燦々と輝く恒星とその周辺を巡る八個の惑星があった。
 私は恒星から数えて三番目の惑星がちょうど横切るのを見逃さず、流れるようにその軌道に船を滑り込ませた。

 そこで、私が見たものと言えば。
 そんな奇跡が起こってよいものかと神に感謝したくなる光景だった。

 生命が活動していた。それも、社会性を持つ知的生命体だ。
 遠隔スコープで環境測定を行うとやや大気の成分比率が異なるらしい。が、宇宙の全惑星でもこれは万一の一致だろう。
 私は動転する心を必死に抑えながら、再び通信機に飛びついた。

「至急、至急! 生命活動可能な星を発見しました!」
『……順次対応する。待機されたし』
「生命が居ますがテクノロジは進んでいないため駆除できる範囲です、ここに移住ができます!」
『……』

 懸命に叫ぶ私の報告を聞いているのかいないのか、本部からの通信はノイズ混じりで聞き取り辛い。
 どうやら、向こうで私について相談をしているらしい。
 返答を待ちながら聞き耳を立てる。

『……かわいそうに。きっと本当の計画に気づいて気が狂ったんだ。妄言を吐いている』
『でも、もしも本当の報告だったら表向きの計画通り移住もできるかもしれない』
『本当なわけあるか。俺たち生命の有無は散々調べただろ、移住できる星なんてないんだよ』
『……そうだな。この通信どうする』
『そのまま切っちまえよ。どうせ向こうが口減らしと気づいたところで結果は変わらないんだ』
『……嫌な仕事だ』

 そうして、通信は唐突に切れた。
 呆然とする私に、再び接触を試みる気力はなかった。

 私たちパイロットは未来を担う希望などではなかった。過剰に増えた人口を調整するためにてい良く宇宙に捨てられたのだ。
 前代未聞の惑星調査なのだから事故と偽るのは簡単だろう。
 もしかしたら、こうして衛星軌道に乗った私は幸運だった方かもしれない。場合によっては小惑星と衝突したり恒星の熱にやられたりする可能性だってあったのだから。

 私は、絶望的な気持ちで眼下に輝く青い星を見た。
 星の住人が、空の彼方にぽつんと一人取り残された私を見上げて嗤っているように感じた。

 それから、もうすぐ一年が経とうとしている。
 地上では昼と夜とを単調に繰り返し、人は同じような動きで行ったり来たりしながら毎日を過ごしている。
 私はその惑星に縋り付くように周囲を旋回しながら、ただ虚ろにそれを見ている。

 青い星の軌道から出ることも出来ないこの船は、手を伸ばせば掴めそうなすぐそばの光さえ、触れるにはあまりにも遠い。
 私にはもう何もない。打開策も、破滅に身を染める理由も、都合のよいエンディングも、なにも。

 いつかのためと理由をつけて、目の前にぼんやりと光る惑星の観測を続けている。
 もしかしたら、私一人でもこの星を乗っ取り新しい暮らしを始めるチャンスがあるかもしれない。
 ここの文明はまだ未熟で、資源の残量も見込める。
 ……そう考えようとしたって、夢物語にも無理がある。

 頭上でそんな異分子が周回していることなど想像もせず、青い星の住人は日が照れば動き出し、暗くなると眠る。
 今日もまた、夜になる。全てが暗闇に包まれて――

 おや?

 様子がいつもと違った。
 普段、地上では暗くなると僅かな灯を残してほとんどの者が室内に篭もり、屋内の光も時間の経過と共に徐々に消えていく。
 しかし今日は、一度暗くなったと思ったら、小さな光があちらこちらで花が開くようにぽつりぽつりと色付き始めた。
 地上が光っている。

 明かり取りのための無機質な単色灯ではなく、色とりどりの光が星座のように形を作る。よく見ると野外の人通りも圧倒的に多い。
 キラキラと輝く街並みの中で、ある者は歌い、ある者は微笑み、ある者は光の造形に歓声を上げる。
 皆の晴れやかな表情を見て、私は、ああ、これは祈りなのだと理解した。

 この一年で私が観察している間、この星の住人はまだ野蛮な側面が見られた。血が流れるのも見た。他者を陥れていることもあった。
 それでも、この夜だけは鮮やかな光に照らされて祈るのだ。愛ある日々を。己と隣人の幸福を。

 それは私とて同じことだ。
 騙されたようにここまでやって来た。恨む気持ちが無かったと言えば嘘になる。
 むしろ、恨まなければ自分があまりにも不憫になってしまうと思った。

 しかし、私は、祈ることだってできるのだ。
 
 この星に住むのは、宇宙の端で無感情に日々を浪費する私のことなど知りようもない人びとだ。けれど、間違いなくこれは私のための光だ。
 おそらく特別な夜なのだ。故郷から放り出され広大な宇宙空間のほんの砂塵にに等しい私にさえ、等しく祝福が与えられるのだから。
 
 どうしてか、温かい涙が頬を伝った。

 こんなにも愛で満ちたこの星に対して、利己主義ばかりを優先する私たちに何ができると言うのだろう?

 私は、絶対に使うまいと思っていたスイッチパネルを初めて起動し、簡単なコードを入力する。

 私は、故郷を許しても良いだろうか。

❄︎

 華やかに装飾を施され、いつもと違った表情を見せる街に浮き足だった少年がふと夜空を見上げた。

「母ちゃん母ちゃん、すっげえ光ってる星がある」
「え? 何言ってんの、なんも無いよ」
「あっれー? さっきめっちゃ光ってたんだけどな。サンタ爆発したんじゃねえの」
「じゃあ今年はサンタ来ないね、残念残念」
「ウソウソ! サンタ生きてる! ちゃんとゲームソフト持って来てくれるかな?」
「良い子にしか来ないよ、そんなとこで突っ立って上見てないで前見て歩いて!」
「わーったよ。あっ! 母ちゃん、ケーキ買って帰ろ! 丸いの!」
「しょうがないなあ、今日は特別ね」
「やった!」

 少年は母の手を取りスキップでイルミネーションの光の中を駆ける。
 彼の他に、クリスマスの夜に起こった小さな爆発に気付いた者は居なかった。

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