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風の役割

ぴっかぴかの太陽の下。
ぴかぴかすぎて、つい隠れたくなる。
靴を履いて。
水筒持って。
特別支援学校は、さんぽ学習の時間。


わたしは麦くんの手を引きながら歩く。
その子はくるくる回りながら歩くこども。

3歩に1回、繋いでいた手をぱっと離して、
くるっと一回、空を見上げながら回り、
元の位置に戻ったら、また私の手を繋ぐ。

彼にとって世界とはあまりにも不安定なもの
自分が回ることで安定さを取り戻そうとする

にしてもよう回るねぇ。3歩に1回じゃなくて、5歩に1回にしてくれない?先生と麦くんだけみんなに置いていかれてるー!

彼は自閉の症状がとっても強いこども
自分の世界によく入っているので、
外界からの刺激がにがて
でもずっと自分1人の世界に入っていてはこの先生きていけないので、ちょっとずつ外の世界と繋がる練習をする。それができるのがこの学校。


おはよう。
今日は晴れてるね。
先生のお顔、見て見て。
トイレの時間。トイレに行きます。
ごはん、おいしいね。

1日じゅう何度も何度も話しかける。
全部全部あなたと繋がりたくて話しかけてる。
あなたにとっては要らない音かもしれないけど、
先生、噛まれても抓られても、めげないよ。

うそ、たまにめげる。迷ってしまう。
あなたからのメッセージが受け取れなくて、めげてしまう。なんで泣いてるの、なんで叫ぶの。私の関わり方が違うのかな。メッセージを発しているんだろうけど、ごめん、先生まだ若くてさ、何も分かってあげられてない。ごめん、ごめん。

今日の徒歩学習でも、
実は行く前にちょっとめげちゃってた。
麦くんのことわかんないなあ。
わかってあげられてない。
話しかけたらパンチもらっちゃった。えーん


そんな気持ちで授業スタート。
わたしの気持ちなんかどうでもいいよ、
歩こう、歩こう。そとに出よう。


麦くん、今日いい天気だよね〜。
麦くん、あそこに蝶々だ!
麦くん、むぎくん。先生歩くの大好きなんだ。

他の子も見つつ、
くるくる回る彼に向かって話し続ける。
言葉のない子なので、返事は返ってこない。
目が合うこともない。相変わらず頭をゆらゆら揺らして、僕はここだなあと確認してる。
手を離す。くるっと回る。また手を繋ぐ。
伝わってるかなぁ。やっぱりわたしの伝え方が違うのかなあ。どうしても迷っちゃうな。
今日すごく気持ちいいよ、ねえ、麦くん。

ひゅう。
どこからか吹いてきた風が、彼の頬をあたたかく撫でる。迷いなく、それが当たり前であるかのようにあたたかく撫でる。あんた、なに不安になってんのって、言われた気がした。


うふふ、ふふ。ふふふ。


え。
麦くんが、笑った。
眩しそうに目を細め、見たことない顔してる。
先生、この風気持ちいいねって、絶対言ってる。
確信持てるくらい、穏やかに微笑んでる。

え!
風が手伝ってくれて、今私、お話できた。
麦くんが答えてくれた。
初めてできたよ、やったー!やった。
今日国語の時間で、「嬉しい時はやったー、と言う」のお勉強してたからさ、もうめちゃくちゃ、やったー!

うんうん、今日、やっぱり気持ちいいよね。
そうだよね。あーよかった。

手を離し、くるっと回り、また手を繋ぐ彼。
なんだよ何見てるんだよと言わんばかり?
僕は当たり前のことをしただけさ、の顔?
麦くんの羽のようなくるっと上がったまつげが
太陽に当たって優しく光る。


麦くん、お返事くれてありがとね。
ごめん、先生まだ若くてさ、なんでもかんでも嬉しくなっちゃうの。ごめん、ごめん。今日のこと、先生ずっと忘れない。



風の役割について。

種を運ぶ?雲を動かす?
プロペラを回して、電気を生み出す?
マラソンランナーのタイムを左右する?
それだけじゃない。

風の役割について。

それは、言葉での意思疎通が難しい子との、
コミュニケーションツールになり得るのだということ。

こどもとの関わりについて自信をなくし迷ってしまった時、背中を押してくれるということ。

世界のどこかで生まれ、
青々と茂る木の葉を揺らしてきた風。
どこかの誰かのため息に乗ってきた風。
帆に当たり、船の背を押し動かしてきた風。
繋がれそうな誰かと誰かの手の間を潜りぬけてきた風。
お菓子を買ってもらって、嬉しくて跳ねるこどものステップを通り抜けてきたかもしれない。
涙が頬をつたり、誰かの涙の跡を作ったのかもしれない。

風はわたしより、たくさんのことを知ってる。


学校に来たときは、おはよう。
嬉しい時は、やったー。
それと同じく、迷ったときは、そとに出よう。
風に当たろう。風に色々おしえてもらおう。


麦くんの頬を撫でた風は、今ごろ何してるかな。
先生はずうっと麦くんと一緒にいるからね。
風が吹いてる限り、たくさんお話しようね。


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