![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/42515588/rectangle_large_type_2_94e8b319650dc3aa1a4530ae2ccea8ca.jpeg?width=1200)
30年以上、億万長者を目指している父の話
こんにちは。
心臓病ママです。
今日から仕事始めのはずが、風邪をひいてしまい逃走中の録画を見ながらソファーに横になっています。
逃走中〜run for money〜は、ハンターから終了時間まで逃げ切れれば100万円ほどゲットできるという人気のテレビ番組。
私と5歳の息子はEXITの兼近さんが大好きで、テレビの前で応援している。「100万円」と聞くと、私は父を思い出す。100万円の貯金すら出来ないのに、億万長者を本気で狙いにいく、ある意味次元を超越したポジティブシンキングな私の実父だ。
物心ついたころから父が仕事についていないことには気付いていた。ボロボロのアパート。下着姿で朝から晩まで熱心に本を読む父。幼い頃は何の気にもならなかった。父が怒る姿を見たことはなく、優しい父のことが好きだった。
父が変人だと気付いたのは私が小学生の頃だった。私たち家族は週に一度家族会議をする習慣があった。みんなでゲームをしてデザートを食べる、そういう時間なのだが、毎回父が話始めると会議の本質がずれていく。「来年の今頃は、俺たちは億万長者だ。俺を信じろ。」と父は毎回、自信満々に話した。
うちが貧乏なことは薄々気付いていた。漫画に出てくるようなボロボロのアパートから、新築の県営住宅に当たったとき、母は飛び上がって喜んだ。
引っ越し直前、引き渡しを待つ新築の県営住宅に家族で忍び込んでは、一室のベランダから中を見に行ったこともあった。「こんなキレイなところに住めるの?!」自分の心が躍ったことを今でも覚えている。
しかし父にとって団地はあくまで仮の住まいだった。そう、彼は億万長者を、本気で狙う男である。
「来年の今頃、俺たちは豪邸に住んでるぞ」。先程の家族会議の場面に戻る。
私「一年で豪邸に住めるようになるの?」
父「そうだ」
私「いつもお母さんはお金なくて困ってるのに?」
父「来年には億万長者だから大丈夫だ」
私「どうやって億万長者になるの?」
父「俺の身が変わる。そしたらなんでもできる」
私「何それ。どうなったら身が変わるの?」
父「誰にも言うなよ。真理にたどり着けば俺は神様になれる」
そう、父はスピリチュアルの斜め上、いやはるか上空をいっていた。父がいつも読んでいる本は宗教学、宇宙学、未知の生命体など私のような凡人には到底理解できない分野の本だった。
誰にも言うなよ、と念を押され続けてきたが、恥ずかしくて誰にも言えるわけがなかった。実父が神様となって億万長者になろうとしているなんて。
そもそも、そんな欲深い神様いるのか?
私「そんなことより、真面目に働いて少しでもお金貯めてお母さんのこと助けたら?」
父「ははっ、そんなことしなくて大丈夫よ、来年には億万長者なんだから」
私「家族のことを守ってあげられない人が神様になれるなんて思わないんだけど?」
父「あいや、お前は口が悪いな〜」
私「本を読んでお祈りするだけで億万長者になれるなら、世の中の人みんな億万長者なんだけど?」
父 (分かってないな〜と言う顔でこちらを笑ってみる父)
この後は何を言っても余裕の笑みを浮かべてわかってないなぁと言うだけだった。
このやりとりが私の学生時代、ずっと続いた。
驚くべきことに、このえせスピリチュアルど変人の父は毎年懲りずに「来年こそは億万長者になる」と言ってきた。「毎年言ってるよね。」と私が呆れた顔で言っても、「来年こそは絶対だから」と自信満々に答える。
高校生になって留学に行きたいと相談した時でさえ、「来年には億万長者になってるから来年行け」と言われた。もちろん留学には行けなかった。こんな調子なもんだから、私や兄弟たちは進学の予定すらまともに立てられなかった。
「お父さんがやっていることは空からお金が降ってくるのを待っているのと一緒だよ」
「お父さんが億万長者になるよりも、宝くじで一等を当てる方が遥かに可能性高いよ」
何を言っても父の心には響かない。
その分厚過ぎる自己肯定感と自信と精神力を仕事に注げば、人並みに給料をもらえたんじゃないのかと思う。
何十年も同じ服を着て、お酒もタバコもギャンブルもせず、本だけ読んでこの世の神となって億万長者になることを目指す父。
ある意味、どんなギャンブラーよりもギャンブラーだ。
「バカと天才は紙一重って言うからねぇ」と母は笑って言う。天才に失礼だよ、ただのバカでしょ、と私は返す。
真理を悟って神様になって億万長者を目指す父だが、家族以外の他人にその事を話すことは全くしなかった。つまりエセ宗教の教祖様になる度胸はないのだ。
そんなこんなで時は流れ、私は30歳になった。
父は今、70歳だ。10年ほど前から知り合いの会社で父は働かせてもらっているが、今でも虎視眈々とその温厚そうな顔立ちの裏ではアホのような億万長者計画を続行中だ。
実家に戻ると必ず同じ話になる。
「もう人生短いんだから、潔く自分の過ちを認めて今までがんばってくれたお母さんに感謝を示して過ごしたら?」
「人生何歳からでもやり直せるよ。」
今までは余裕すら浮かべて私のきつい言葉を流していた父だが、最近はムキになるようになった。
「お前は本当にうるさいな」と言うようになった。父からはもうあの余裕は感じられない。死ぬのが怖いのだろう、母曰く風邪をひいただけで子犬のように震えるらしい。
父は昔よく言っていた。
「俺が億万長者になったら、お母さんに家を買う。新しい車を買う。ハワイに連れて行ってあげる」と。
実際、私が子供の時、我が家の家計は火の車だった。堅実な公務員だった母方の祖父からの援助により我が家はなんとか生活できていた。何度お金に困って泣く母を見ただろうか。
貧乏な家庭で育った私や兄妹たちも、
今や大人になった。
経済的に自立しないといけないという気持ちは嫌でも植え付けられた。
経済的に頼れる両親ではないからだ。
その特殊な環境が功を奏したのか、
私たちは割としっかりしている。
兄は両親のために家を建てた。
私は母に車をプレゼントした。
「俺が億万長者になったらお前たちにもらったお金、全部返すからな」と父は、居心地悪そうに言った。
ここまでくると、新種の詐欺師に思える。
ある意味、自分は働かずして周りにお金の工面をさせるプロかもしれない。
この人はもう変わらないのだろう。
億万長者になると言いながら死んでいくのだと思う。
私はもう何十年も父のことが嫌いだ。
実家に帰っても必要最低限の会話しかしないようにしているし、家族LINEに定期的に父から送られてくる謎スピリチュアルな内容のメッセージは読まずに秒で消す。
父は70年を棒に振っていると思う。
高齢者となった父が、今まで迷惑をかけ続けてきた私達家族に出来ることといえばもう、「母より長生きしないこと」ではないだろうか。
私は、天然で世間知らずだけど底抜けに明るい母のことは好きである。
母の介護はしても、父の介護はしたくない。
ひどいと言われるかもしれないが、それが私の本音だ。
未だに超越したものの考え方で、億万長者への夢を諦めきれない父に「お願いだからお母さんより長生きしないでね」と何度言おうと思ったことか。
父の謎の計画のための借金を母が工面して返すのを見て、なんどその言葉を投げつけようと思ったことか。
だけど、私はまだその言葉を投げつけていない。
毒舌で、怒ると感情的になる私だが、それはまだ言えていない。なぜか言うのを抑えてしまう。
私は父のことが嫌いなのだが、まだ心のどこかに愛情があるのかもしれない。
自分では、そんな愛情ないと思うのだが。
お金持ちじゃなくていい、家族を想って普通に働いてくれないだろうか。と小学生、中学生、高校生の頃はずっと思っていた。
「父は普通の会社員です」と言う同級生が、心底羨ましかった。
自分が大人になったことで、ますます謎は深まる。なぜ父は普通に働かなかったのか。なんという神経をしているのだろうか。
去年、里帰りした際、父がついにこう言った。
「誰にも言うなよ、俺の身が変わったら、お前の心臓病を治してやるからな。」
驚かないで聞いてほしい。彼は本気だ。
いつまで経っても父は、常識の斜め上を時速3000kmで走り抜けていく。もはや速すぎて追いかける気も、驚きもない。もう見えない。すん。
億万長者だけでは飽き足らず、人の病気すら治す神様の力も欲しているらしい。
なんと欲深くてしょうもない人だろうか。
きっと父は死んだ後もあの世で億万長者を目指すのだろう。
やっぱり父のことは大嫌いである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?