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読書感想文1・文明の接近

1.本を読むきっかけ

 こんな時であるため、本を読む機会が増えた。読み終えた本の内容の理解を深めるために、読書感想文を記す。読んだ本は、エマニュエル・トッドおよびユセフ・クルバージュが著した「文明の接近(石崎晴己=訳・解説)」である。

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 なぜこの本を手にしたか、端的に言ってしまえば大多数の人が手に取らなさそうからである。偏見を承知で申し上げると、多くの人は、人気作家の新作小説や、自身の仕事に関連したビジネス書あたりを読むと思われる。この際に教養を深めたいと思う人は、文系ならばジャレド・ダイアモンド著の「銃・病原菌・鉄」、理系ならばリチャード・ドーキンス著の「利己的な遺伝子」あたりを手に取るだろう。そして、私と同じように読書感想文を記して、私よりも優れた文章を書くことが想像できる。そこで、私は中近東社会および人口統計学にも興味を持っているので、この本を探し当てた。次節以降にこので本の要約および感想を述べる。

2.内容の要約

2.1.移行期危機

 この本の中で、「移行期危機」という概念が最も重要である。これによると、封建的で階層が固定された近世社会から、(少なくとも建前では)国民が主権を持ちかつ平等である近代社会へ移行する際に、戦争や革命などの混乱が必ず伴うとされる。移行期危機の前後の歴史の流れは、おおむね次のようになる。

1.男性の識字率が向上することで、これまでの伝統から隔絶し、体制に疑問を持つ人が増える。
2.世代間の対立が顕在化して、混乱が起きて旧体制が転覆・変化する(これが移行期危機)。
3. 2.と相前後して女性の識字率が向上することで、これまでの、特に家庭内における伝統を忌避するようになる。その結果、多産を奨励する伝統が廃れ、出生調節すなわち少子化が進む。
4.  少子化が進むことで人ひとりの価値が相対的に大きくなり、人々が社会の安定を望むようになり、やがてそうなる。

 この移行期危機は、フランス革命や日本の明治維新、ソビエト革命など、すでに近代化を果たした全ての国で認められて、普遍的な歴史の法則のように思われる。そこでこの本では、イスラーム世界において移行期危機および近代化がどのように進んでいるのかを識字率および出生率を通して検討していく。

2.2.イスラーム世界における近代化

 イスラーム世界のすべての国で、識字率は男女ともに向上し、出生率も低下傾向で、速度のばらつきはあるものの近代化しつつある。その近代化が開始した年代は国によって異なる。例えば、レバノンとトルコでは1950年代に出生率の低下がみられ、ニジェールでは2010年代になって出生率が低下傾向になった。

 イスラーム世界で、出生率が最も低い国、すなわち最も近代化が進んだとされる国はトルコとイランである。この両国はそれぞれトルコ革命(1922-23年)とイラン革命(1978-79年)という移行期危機を経験して、現在の出生率が2.0前後と欧米先進国並みの数値である。政治体制も、両国ともに欠陥のある民主主義であるが、大多数のイスラーム世界の国々に比べたらに民衆の意見が直接反映されることになっている。

 アラブ諸国、例えばエジプトやチュニジア、サウジアラビアなどは、識字率の向上および出生率の低下がみられ、トルコ・イランほどではないが近代化が進行している。この本の執筆時点(2007年)では強権的かつで前時代的な政治であるが、いずれ移行期危機が起こりうるのかもしれないと予想した(そして実際にアラブの春という形で発生した)。

 現在、イスラーム世界では紛争が絶えず、平和から遠い国がいくつか存在する。これらの暴力は究極的に言えば移行期危機に過ぎず、いわば近代化する際に現れる副作用である。これらの国々は、かつての欧米諸国がそうであったように、いずれ暴力の時代から脱却して安定した社会になるだろう。

3.読んだ感想

   近世から近代になるまでの、様々な歴史の流れを「移行期危機」だけで説明することがとても大胆と感じた。確かに、中世~近世までの人々と近代以降の人々の間で、家族の形態、思考の様式、日々の暮らしなど何から何まで違うので、移行期危機という仮説は説得力を感じる。

 一方で、この仮説が正しいか検討するための実証が不足しているように感じた。移行期危機の事例として挙げられたのが、わずか数事例ほどに留まり、都合の良い事例を並べたように見える。この仮説の頑健さを示すために、後半のイスラーム世界における論述のように、識字率や出生率の推移と政治体制との関係を論じたようなことは出来なかったのだろうか。

 悲しいことに、現在でイスラーム世界において、暴力の応酬が続いている。なぜ紛争が起きているのか、外部の人から見たら(もしかしたら内部の人からも)全貌がつかめない。この紛争が永遠と続くのではないかと絶望してしまうが、この本ようにいずれ落ち着くという楽観論もありうる。どちらになるのか分からないが、楽観論も存在することが良かった。

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