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書評:ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体-ナショナリズムの起源と流行-』

伝統的アプローチによるナショナリズム論の先駆的名著

今回ご紹介するのは、ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』だ。

一般に「ナショナリズム」と呼ばれるものが、個人または集団が実体に基づかないような「共同体」を観念しそれに帰属意識を抱く事象を規定する概念であること、そして当該事象が制度化等により国家のような擬製的存在に至ること、これらは特段新鮮な指摘ではないだろう。

しかし、「ナショナリズムなる事象は何故生じるのか」「ナショナリズムなる事象は如何にして国家のような擬製的存在形式に至るのか」といった、事象や擬製化のメカニズムの説明となると、問題は飛躍的に難しくなる。例えば、「何故我々は日本人なる共同体意識を持つのか」「どのようにして我々は日本なる国家を形成したのか」、こうした問いだ。

この点を解明しようとしたのが本著の試みと言えよう。

前提として、本著における「ナショナリズム」という言葉の意味を確認する必要があるだろう。「ナショナリズム」という言葉は本来多義的だからだ。

本著において「ナショナリズム」は、国民を構成すること、即ち主権的なもの(≒最高意思決定主体としての国家)への志向性を意味する。端的に言えば、「国民主義」だ。その意味で、国家内の少数民族におけるような民族主義とは一線を画す点に注意が必要である。

もう1つ確認すべきは、本著はあくまで実際に起こった個別具体的な歴史的事象の解明を目指す「伝統派的アプローチ」を採用する点だ。普く一般に通用する法則の導出を目指す「科学派的アプローチ」ではない点に注意が必要である。

上記を踏まえ、以下に論旨を整理したい。

本著は、「ナショナリズム」をその性質上政治的イデオロギーよりは文化システム(人々に連帯意識をもたらすもの)に近いものとして位置付ける。それも旧来の文化システムの衰退後、近代に至って初めて登場したものと指摘する。

「ナショナリズム」以前の文化システムとは、「宗教共同体」と「王国」であった。しかしこれら旧来の文化システムは、印刷資本主義により俗語の印刷語化が進むにつれ、次第にその正統性が衰退していった。そしてそれらの衰退が、新たな文化システムの登場を準備した。

ここで新たな文化システムの代表として醸成されたのが「ナショナリズム」であるというのが本著の主張である。

ところで、「ナショナリズム」の醸成に至る諸条件とプロセスは、南北アメリカとヨーロッパでは事情が異なったとされる。前者では、植民地の行政システム・行政単位の存在が前提条件として重要な役割を果たした。後者では、正に印刷語(あくまで印刷語、言語そのものではない点が重要)が前提条件としての役割を果たした。

そしてヨーロッパでは、印刷語の共有をベースに庶民レベルでの共同体意識として「民衆的ナショナリズム」が醸成され、更にこれに呼応する形で旧支配階級が保身的に共同体意識を醸成する「公定ナショナリズム」が続いた。
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これら「ナショナリズム」の醸成プロセスは、ひとたび歴史上に登場すれば全て「モジュール化(転用可能なモデル化)」されたと指摘。
第二次世界大戦以後の植民地における「ナショナリズム」は、このモジュール化されたプロセスを様々な形状に変容させながら適用されたと解釈します。

主権国家化した「ナショナリズム」において、帰属意識を強化する働きを有したのが、今度は広義の言語(話し言葉を含む)だった。

言語は、「それが選択されたものではないという正にその故に、無私無欲の後光がさす」のであり、言語を通して「過去からの連続性」と「愛国心・同胞愛」といった「想像」が強化されたと本著は主張する。


以下、私の感想。

「ナショナリズム」に限らず、観念的抽象が実社会において擬製的存在に至る事象は、様々確認される。「ナショナリズム」の起源と過程を「伝統派的アプローチ」にて解明することで、著者は丁寧にそのメカニズムの一般論化を避けているが、アンダーソンが用いた研究アプローチのモデル化と転用は十分に可能であり、また有用な方法論となり得るものと期待できよう。

例えば、法人格や社会(コミュニティ)、世間、果ては貨幣(通貨制度)など、「そんな実体は実はない」のに、「あたかもあるかのように振る舞う」存在。これらを適切に捉え社会課題を捌く上で、本著の研究アプローチは親和性が高いと考えられる。

そして実際そのように活用されているからこそ、「ナショナリズム」論に限らず社会科学の世界において本著が広く重要な文献と評価されているのではないだろうか。

読了難易度:★★★☆☆(←やや専門的).
国家志向性という現象の解明度:★★★☆☆.
社会科学の研究アプローチとしての有益度:★★★★☆.
トータルオススメ度:★★★★☆.

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