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書評:ヘンリー・キッシンジャー『国際秩序』

アメリカの知の巨人による国際秩序の総括と展望

今回ご紹介するのは、ヘンリー・キッシンジャー『国際秩序』という著作。

キッシンジャーは、アメリカのニクソン政権・フォード政権期に国家安全保障問題担当大統領補佐官、国務長官を務めた実務家であり、且つ90歳を超えた現在もシンクタンクにてアメリカの外交政策に強い影響力を持つ頭脳派の人物である。

キッシンジャーについては所謂「ユダヤ陰謀論」界隈で悪名高く語られることがある。しかしそれらは大抵、彼がユダヤ人であることと、影響力を行使した2,3のエピソードを禍々しく表現したものを根拠に語る、浅い決めつけばかりだ。彼の実績を詳しく検証したことのない人や著作を1冊も読んだことのないような人達が悪人を作り出そうとしているようなものでしかない。

気にせず、彼の功績と叡智を存分に味わう方が遥かに価値的だと私は思う。

さて本著であるが、「ウェストファリア体制」という基準で世界の各地域の政治史の特徴を捉える試みが丁寧になされた著作である。

本著の至る所に詳述される具体的な史実そのものに価値があり、そこに見られる特徴の背景を追うことで原因を把握することもできる。特に後者は、今後の国際秩序を展望するに当たり決して無視することのできない前提知識を提供してくれる。

本著の概観では、地政学上の覇権国家がイギリスであった時代には、戦争回避という、やや相対的に消極的な理由から「ウェストファリア体制」の維持が目指されたとされる。

しかしヨーロッパは結局2度の世界大戦を経験した。

イギリスに代わり覇権国家となったアメリカは、大戦回避のみならず、積極的に自由市場と民主主義を世界に行き渡らせることで世界を単一の国際秩序に組み込んでいく取り組みを合わせ持つ性格のものへと発展させてきた。

キッシンジャーは、「ウェストファリア体制」という国際秩序を積極的に世界に展開するならば、アメリカは「体制の正統性」と「力の均衡に対する戦略」を示すことが求められると指摘する。

21世紀以降、確かにアメリカの外交は中東政策を代表に失敗尽くしで、経済力も相対的に低下した。しかし圧倒的軍事力を有する点に大きな変化はなく、力の均衡に対する戦略を展開可能なのは未だアメリカ1国でもあるのもまた事実である。

問題は、アメリカが今後、ウェストファリア的勢力均衡世界の展開に正統性を与えられるかどうか。これが叶わなければ、国際社会は益々今後の方向性に対するコンセンサスを失い、21世紀は混沌の時代となるだろうと、キッシンジャーは見る。

経済的なグローバリゼーションや、ITによる世界のネットワーク化は、国際秩序の諸条件を変化させるファクターではあるも、国際秩序の目指すべき方向性やその正統性は、それらからは生まれないともキッシンジャーは見ている。

本著を読むと、「アメリカ的」な発想に基づいて世界を論じた著作と感じられるかもしれない。しかし、現実に世界に圧倒的な影響力を行使し、今後もし得る国家である点から、やはりアメリカの考えを知ることは国際秩序を語る上で欠かせないのだ。

「アメリカニズム」に凝り固まり世界の多様性に目が行かないことと、「アンチ・アメリカ」に凝り固まり大局に目が行かないこととは、どちらが視野狭窄か。

安直なアイデンティティ・ポリティクス論者は良く考えてみるべきだと私は思う。

読了難易度:★★☆☆☆
世界を見る際の基準明瞭度:★★★★☆
展望提言度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★☆

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