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書評:篠田英朗『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』

国際政治学の初学者に向けた学びの「準備」として

今回ご紹介するのは、篠田英朗『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』という著作。

国際政治学の世界にはいくつかの代表的な理論がある。
社会科学、就中国際政治学において理論とは、世界の一つの見方の体系を意味するが、むしろいずれも「一つの見方にしか過ぎない」と敢えて言い切ることが重要だ。

ある理論の立場から世界を見れば世界は◯◯のように見え、また別の理論の立場から世界を見れば世界は△△のように見える、という場合があるとする。
この時国際政治学の世界では、これらはいずれかが正しく他方が間違っているという扱いはしない。

確かに対象とする事象に応じてより説得力を持つ理論・立場が生じるため、その時々により理論・立場に優劣が見られることはあるだろう。
しかしそのこと以上に、◯◯という見え方と△△という見え方を総合して世界を捉えていくことが、国際政治学においては重要となる。

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*:「視座」という言葉について

視座とは、「視野(一つの地点から見える範囲)」とは異なり、ある対象物をあたかも見る側が立ち位置を移動し変化させることで対象物の別の側面を見ようとする時の、各々の「見る側の立ち位置」を意味する言葉である。

卑近な例となるかもしれないが、小林よりのり『おぼっちゃまくん』という漫画・アニメに「びんぼっちゃま」というキャラクターがいる。
びんぼっちゃまは、前から見れば金持ちスーツを着ているが、後ろ姿を見るとスーツは前半身しか覆っておらず後ろはほぼ全裸という、今ではコンプラ的にアウトな衝撃的ないでたちをしたキャラである。
見る側が立ち位置をびんぼっちゃまの後ろに変化させることで、びんぼっちゃまの別の側面が見えてくる。

前から見れば金持ち。
後ろから見れば貧乏。

これはどちらが正しいかを争う関係にはない。
両者を総合することで見えてくる、「見栄をはろうとするハリボテキャラ」というより実像に近いイメージを掴んでいく。

このような視座の総合こそが「視座」論の本懐であり、本領である。

国際政治学の世界でも同じく、理論という視座同士がお互いに見えたものの正しさを争い合うのではなく、それぞれの理論(視座)から見えたものを総合しながら世界の本質に近づいていくことが、あるべきアプローチとなるのだ。
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以下に、本著が取り上げる五つの視座と、その視座(理論)の大家と著作の組み合わせを紹介する。

①勢力均衡 ⇔ モーゲンソー『国際政治』
②地政学 ⇔ マッキンダー『地政学』
③文明の衝突 ⇔ ハンチントン『文明の衝突』
④世界システム ⇔ ウォーラーステイン『近代世界システム』
⑤成長の限界 ⇔ ローマ・クラブ『成長の限界』

国際政治学を学ぶにあたっては、上記の右側の著作は全て基礎段階における必読文献である。
しかし基礎段階で必読な理由は、内容が易しいからでは決してなく、非常に強力な代表的理論であるからだ。
その内容は決して易しいものではなく、むしろいずれも多くの事例を対象とした膨大な実証研究を背景に定式化された理論であるため、初学者にとってその内容は難解とすら言えるかもしれない。

*:定式化された内容そのものは理解できても、何故そのように定式化可能なのかを理解するのは難しいということ。

そこで、本著のような各理論の概説が役に立つ。
恐らく初学の準備の段階で、この五つの理論を相互に比較しながら概観を掴めるのは、大きな手引きとなるはずだ。

因みに、私が国際政治学を大学で学んだ際には本著はなかった。
ハンチントン『文明の衝突』が発刊されたばかりの時期で、その功罪を巡り専門家も在野も検証の只中であった。
モーゲンソー『国際政治』は今ある岩波文庫の上中下巻のものはなく、12,000円のハードカバーであった。

国際政治学を学ぶにあたっての良書である。
正直今の学生が羨ましい。

読了難易度:★★☆☆☆
視座の意味と重要性の手引き度:★★★★★
五つの視座の概説完成度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★★

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