第42話.台形スタイル
1970年
初代「ホンダシビック」のデザイン作業が進んでいた。この頃、軽自動車と小型自動車の間に、車の占有面積「5平米」という新しい規格案が持ち上がった。車による公害が深刻になりつつある中、渋滞、駐車などの問題解決のためとされた。
結局この法案は施行されなかったが、サイズを極力小さくしようとする我々の検討に符合した。当時の軽自動車の規格は1300×3000ミリの「4平米」。それに、幅で150ミリ、長さで2~300ミリ足した1450×3200~3300ミリでスタート。間違っても「5平米」に入ることを目標にした。
駆動方式はFF(フロントホイール、フロントドライブ)、エンジンとミッションは横置きタイプを採用。が、毎日のようにエンジンとミッションの幅が広がる。1450ミリを超えて、さらに1500ミリをはみ出した時は、さすがにみんな青くなった。
結果、トレッド(タイヤの接地部分)間隔が広がり、またタイヤのサイズも少しずつ大きくなって、自動的に全幅も広がった。その分、全長に皺寄せがきて5平米以内とするには3300ミリが限度となる。室内空間の確保のためホイールベースが長くなり、オーバーハング(前後輪より先に伸びた車体部分)が極端に短い「四隅タイヤ」のディメンションができ上がった。
この骨格をもとにデザインは急ピッチで進められた。だんだんと形が見えてきたが、中々みんなに理解してもらえない。そこで、かつての「N360」の転倒問題を逆手に、「台形スタイル」で地面に吸い付くような感じの、見るからに「安定感」のある形にした。
が、陰の「ぶつぶつ」が聞こえてくる。「団子みたいで、格好悪い」などと。そこで、「この車には、いま流行りの流麗さはありません」「この車のイメージは、アラン・ドロンではなくチャールス・ブロンソンなんです」「白魚の手ではなくて、げんこつの手です」「美しい、じゃなくて、可愛いなんです」などと、あの手この手で売り込んだ。
それが功を奏したか、ようやく「そう言われてみれば」と言ってもらえるようになった。こうして「台形スタイルの安定感」は、シビックの「デザインコンセプト」となる。
本田さんから、「台形はいいねぇ。うしろから見て格好いいよ」と大変喜ばれた。ご自身はトランク付の立派なセダンに乗っておられたが、「これからつくる車は、みんなこうするんだな」と背中を押してもらった。天にも昇る嬉しさだった。