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第62話.新しいデザイン

1973年

「芸術家にゃ、新しい形なんかできゃしないよ」と本田さん。初代「ホンダシビック」の成功を良いことに、新しがって、これ見よがしに車の絵を描いていた30歳過ぎの頃。本田さんには、独りよがりの鼻持ちならない絵描きとしか写らなかったようだ。工業デザイナーの役割を問われたようで、思わず我に返った。
「モノ」の色や形をつくり出すのはデザイナーに限らない。画家も彫刻家も陶芸家も同様である。が、こうした人たちは、「芸術家」と呼ばれても「デザイナー」と呼ばれることはまずない。しかし、デザイナーの仕事が芸術的と言われることはままある。
どこに違いがあるのか。芸術家のつくる「モノ(作品)」とデザイナーがつくる「モノ(製品)」は大雑把に言って、一つだけつくるか大量にかの違いがある。芸術作品は特別な例を除き、ただ一つの作品をつくり上げるのが一般的。大きな絵画や彫刻など助手を使う場合もあるが、大抵は一人でつくる。デザインは反対に、企業の中で大量生産を前提に、多くの人々の共同作業でつくられる。
芸術家は自分のためだけの「作品」つくりが許されるが、デザイナーの「モノ」は「商品」として広く社会に流通し、多くの人に受け容れられ、日常生活に役立つ「世のため人のため」でなければならない。こうした「モノ」が、結果的に世の中に害をもたらすようでは本末転倒。今に生きるデザイナーは、環境、安全、エネルギー問題を避けては通れない。
さて次に「新しい」という言葉だが、これも難しい。デザインの場合、これが「旬」という言葉に置き換えられる。新鮮な素材、それに相応しい料理の方法、そして料理の腕前、この三つが揃わないと、いくら器が良くても盛りつけに工夫をしても、人の心を打つ料理にはならない。
どんな製品にも、新しい材料、新しい製法、新しい技術が必須。が、最も重要なのは、料理同様に「どんな料理をつくりたいか」という「コンセプト」。これらが全て揃って始めて「新しいデザイン」が生まれる。少しばかり絵のうまいからと言って、「新しいしいデザインはつくれないぞ」と言われたのも同然。
新しい材料、製法、技術をつくり出す人たち、そして新しいニーズを生み出してくれる人たちが一緒になってはじめて、「新しいデザイン」となる。芭蕉の言葉に「不易流行」がある。「新しさ(流行)を重ねて行くことが、普遍性(不易)に通じる」といった意味とか。胸に深く刺さった。

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