【経済のモノサシ】 ミラノヴィッチ 「資本主義だけ残った」 2019
要約
中国の資本主義化によって概ね世界全体が資本主義化した。しかし先進資本主義国では格差問題が悪化している。労働金持ち(エリート層)が資産運用によって資本金持ちになることで格差が広がっているからだ。米国では相続と同類婚(有名私立大学卒業生同士の結婚)を通じて格差の世襲化が進んでいる。いっぽうでグローバルな格差が移民問題を加速している。
以下のような政策を強化する必要がある。① 中間層の資本所得が増えるよう小口投資家への減税、富裕層への増税(相続税含む)を図る、② 公教育への投資を極端に増やすとともに質を向上する。③ 政治資金を公的資金のみに限定する、④ 各国で移民のためのサブ市民権制度を創設して適切な受け入れを図る。
戦後の米欧資本主義の特徴(~2000年)
資本所有の集中
資本が豊富な人が金持ちになる(資本所得>労働所得)
相続(金持ちの子弟が金持ちになる)
リベラル能力資本主義の特徴(米国、2000~)
上記に加えて最近の米国では以下の特徴が目立つ。
純生産に占める資本所得の割合の上昇
資本金持ちは労働金持ちでもある・・・高い労働所得を得た者が資本を蓄積し、そこから高い資本所得を得る、つまり所得の再分配機能が低下している
同類婚(金持ちの子弟同士が結婚する)・・・金持ちしか入れない大学の卒業生同士が結婚する(学歴ブランドがマッチングフィルターになっている)。
労働金持ちから資本金持ちへのメカニズム
労働所得(税引き前)と資本所得にわけてジニ係数を観測した(2013年頃)。各国の資本所得のジニ係数は0.85以上、労働所得のジニ係数は0.4~0.6程度。つまり資本所得の格差が大きい。これは資本金持ちがますます金持ちになっていることを示している。米国の金持ちのほとんどは労働所得と資本所得のどちらも大きい(労働金持ちかつ資本金持ち)。
労働所得のジニ係数は1970年以降、各国で0.1程度悪化している。
ある程度以上の労働金持ちになって資本蓄積を果たすという最初のハードルを越えないかぎり、労働金持ちかつ資本金持ちにはなれない。
しかも同類婚と相続によってこのギャップは拡大しているから、低所得家庭の子弟は浮かび上がれない。機会均等が所得の均等とほぼ相関している事実を棚上げして、機会均等論を振りかざすことには限界がある。
政策による平等化の効果と限界
ドイツはジニ係数(総所得ジニ係数)の緩和にある程度、成功している。この事実は、再分配政策で格差が改善できることを示している。
しかし、ドイツも含めて市場所得ジニ係数と可処分所得ジニ係数に高い相関がある。つまり、市場所得の平等化に手を打たなければ、これ以上の改善は難しい。
注)
市場所得ジニ係数 = 政策介入前(税引き前所得)のジニ係数
可処分所得ジニ係数 = 所得税徴収後のジニ係数
総所得ジニ係数 = 再分配後(年金、福祉給付を含めた所得)のジニ係数市場所得の平等化策: ① 同じ質の教育への平等なアクセス(公教育への投資拡大と私立校の税制優遇縮小)、② 大型投資家への課税強化と小口投資家への優遇拡大、③ 相続税の累進性強化
上位1%が支配する政治
民主主義国家で格差が拡大するのはなぜなのか? 推定原因は明らかだ。「政治家たちの間でこれまで買収防止に向けた実際の真剣な取り組みが全然なかったのは、金のかかる選挙をなくそうと本気で望んでいなかったからである。金のかかる選挙は、多くの競争相手を振り落とすので、出費をまかなえる人物にとって有利になる」(ジョン・スチュアート・ミル、1861年)
米国2016年の実態: 上位0.1%の金持ちが、選挙用献金総額の40%を寄付。
中国の資本主義化
国営企業生産高のシェア: 1996年52% ⇒ 2015年22%
固定投資額のシェア: (2006年)国営46%:民間35% ⇒ (2015年)国営33%:民間52%
総付加価値ランキング上位1%の民間企業シェア: 1998年40% ⇒ 2007年65%
都市部総雇用に対する国営企業労働者シェア: 1978年80% ⇒ 2016年16%
価格の市場決定の割合(1990年代なかば): 小売商品93%、農産物79%、生産材料81%、つまり中国は事実上、市場経済で動いている。
中国の格差と腐敗
1980年~2015年のジニ係数: 都市部 0.15 ⇒ 0.3、農村部 0.27 ⇒ 0.4、全体では 0.3 ⇒ 0.45、都市部と農村部の格差が拡大しているので国全体で集計するとジニ係数が悪化する。
中国は汚職収入(計測できない)があるので、格差はさらに大きいはずだ。50件の汚職事例の研究(2016)では、省レベルの役人で総額250M元(49億円)、地区レベル役人で総額180M元(35億円)程度の規模と推計されている。
社会主義国が資本主義化すると腐敗が加速する。「国有と計画経済」を前提とする法体系のもとで「私有と市場」の原則を運用するので、官僚の裁量権が拡大するためだ。
ロシアは1990年頃から法の支配を強めたことが裏目に出て新興財閥(オリガルヒ)による支配を招いた(そもそも法体系が実際の経済メカズムに整合していないので、かえって汚職が拡大する、※ 2022年腐敗認識指数137位)。
中国は法の支配強化ではなく、時折のサプライズ粛清によって対処していて、どちらかというとこちらのほうが有効に見える(※ 2022年腐敗認識指数65位)。※ 参考:主要国の腐敗認識指数 独9位、日・英18位、仏21位、米24位
国家間格差と市民権
市民権は資産だ。グローバリゼーションが進むと、これが問題になる。
実際、外国人の市民権取得には費用がかかる。ギリシアで25万ユーロ(36M¥)、イギリスで200万ポンド(320M¥)。
米国の永住ビザ(グリーン・カード)も実はサブ市民権であって、市民権がもたらす恩恵の全てを受けられるわけではない。
市民権で得られる恩恵は、その国で生まれ育った国民が長年にわたって育成したものであり、外国人が無償でその市民権を得ることはフリーライド(ただ乗り)だ。つまり移民に反対する人々の心情には合理的な面もある。欧米諸国の大半にサブ市民権制度があるのもこのためだ。
当面、相当長期間にわたって、国家間の所得格差はなくならないだろう。その間、移民の圧力も続く。高所得国の経済にとっても移民が重要だ。移民問題を賛成か反対かで議論することは合理的ではない。各国がサブ市民権のアイデアを取り入れ、コストとベネフィットを、国と移民の双方に公平となるよう調整することに注力すべきだ。バランスの取れたサブ市民権制度が創設できれば、先進国への移民の流入量もある程度は自動調節されるはずだ。
具体的提案
中間層を対象に金融資産と住宅資産取得の優遇税制を強化する。富裕層には増税し、相続税率を引き上げる。
公教育の予算を顕著に増やし、質を改善する。
政治資金は公的資金のみに限定する。
移民問題はサブ市民権制度の創設と制度調整で対処する。