絵本探究ゼミ第4期 第1回講座振り返り
⒈ 3期の振り返り、4期の受講動機・目標
暑すぎる夏がようやく終わり、秋の風を感じられるようになってきました。3期最終回夏の余韻に区切りをつけ、気持ちを新たに進み出します。竹内美紀先生(ミッキー先生)によるインフィニティアカデミアの絵本探究ゼミ(ミッキーゼミ)、引き続き4期も受講する決意をしました。「決意」という言葉を敢えて選んだのは、それはそれはギリギリまで継続するか否か迷っていたからです。最後に背中を押されたのは、ミッキー先生の「4期で終わり」という宣言でした。そこで、3期を振り返って自分自身に問いかけました。
「ミッキーゼミ3期を受講して、私は成長したのか?何を得たのか?」
成長したかどうかについては「?(疑問符)」が頭の上を駆け巡ります。ただ、得たものは二つありました。一つは「無知の知」、知らないことがあることを知ったことです。そして、知らないことは恥ずべきことではないと学びました。むしろ、知らないことに出会えること自体がラッキーなのだと思います。会社員時代の習性で知らないことは愚かなことであり、それを口にすることすらできず、知らないことは恐れや恥として蓋をしてきました。今では、知らないことに出会えることが面白くて仕方ないです。もう一つは、ゼミ生の皆さんとの出会いです。特にチームメンバーはそれぞれのフィールドで幅広くご活躍中で、私よりも遥かに専門性を持っているにも関わらず、更なる高みを目指して貪欲に学んでおられます。その姿に刺激されて知的好奇心が高まり、講義から関心が高まったことについては掘り下げてみたり、私にとって大きな収穫でした。さらに、これまた長らく組織運営に携わっていた経験から、ゼミを運営するFT、FA、FAサポートの方々の素晴らしい心遣いや動き方、裏でしっかり支えるTAのお仕事ぶりは非常に興味深く、間近で学ばせていただきました。
一方で、反省点も多々ありました。素晴らしいチームメンバーと自信のない自分を比較してしまったことです。3回目からリフレクションが書けなくなりました。良いものを書きたい!書かなければ!と自分で自分にプレッシャーをかけていました。誰にも言えないまま時間は過ぎていたのですが、チーム内で最終回のチーム発表をピーター・シスの作品にしようと纏まった頃から少しずつ心境に変化しました。詳細は省きますが、とある出来事から、私自身の偏っていた視点に気づくことができたのです。私1人では難しくとも、7人のメンバーの知識と個性と想像力をもって進めば扉は開くという、チームでの学びの奥深さを体感しました。そして、視座を変えると見える景色も変わってくると知ることができたのは未来に繋がる大きな財産です。そして、4期を受講することで変わっていくであろう景色を見たいと思いました。自分自身としっかりと向き合い、自分の中の幅と深さを広げていきたい、これが4期の受講動機です。
4期の目標は、3期から引き続き言語化です。まず、全回のリフレクションを書くことを第一の目標にします。3期は完璧を求め過ぎました。この完璧というのが厄介で、あくまでも私の中で納得感が得られる完璧という意味です。他の方のリフレクションは非常に学びが深く、逆に自らの未熟さと比べてしまい筆が止まりました。そして無駄に落ち込んだりプレッシャーに感じていました。4期は「書きたいことを思ったまま書いてみる」ここから始めます。書くことへのハードルを下げつつ、自分自身の探究心を追求していくようなリフレクションにしていきたいと思います。
第二の目標として、知り得た知識を私のフィールドである学校図書館で還元することです。私の職場は、司書である私と、司書資格のない支援員2人の3人のチームです。日々の授業で読み聞かせや紹介するための選書は私が行っています。1−3年生は週に1回45分の授業内で、15分ほど私達に時間を頂いています。そこでの読み聞かせや紹介が、子ども達と本との出会いになるよう、選書は慎重に大切に考えています。3期受講中から選んだ本について「なぜ選んだのか」といった理由から、作品の背景(受賞作品はその内容も)作者についてなど、時間を見つけて支援員さんにお話しするように心がけています。例えば、先日ペク・ヒナの作品を読んだ際には、人形制作・背景制作・撮影に至るまで独力でこなす独特な世界観を持った作家であることや、受賞したリンドグレーン賞について、さらにはアストリッド・リンドグレーンについても熱く語りました。他チームの最終回での発表から得た知識でしたが、その後掘り下げて調べたこともあり、自分の言葉で説明することができました。
授業での読み聞かせと本の紹介の後は、児童が本を選んで精読する時間となります。中には選べない子がいたり、読みたいテーマはあっても書架から見つけることが難しい子もいます。そのため司書のフロアワークは非常に大事です。会話を積み重ねていくことから、その子に必要な本をベストなタイミングで手渡すことは司書の責務だと思います。まだまだ司書としては未熟で経験や知識が追いついていないのが現状です。少しずつでもいいので、選書眼と新しい本を評価する力を少しずつ自分の物にしていくことを第三の目標とします。
⒉ チームでの自己紹介
(1)私が選んだ翻訳絵本
絵本探究ゼミでは、講義だけでなく、チームでの活動を通じて学びを深め合います。私の所属するチーム6はFAのていあいさんの包容力溢れる雰囲気の中、FAサポートのとしさんがベストタイミングで声かけをしてくださり、そこにFA総括のめめさんがひだまりのように見守っていてくれる、とても居心地の良いチームです。新メンバーのあっけちゃん、かのんちゃん、あきこさん、そして私の7名です。チーム名は「ティアラ👑」。最終回では、よく頑張ったご褒美としてミッキー先生からティアラを貰えるように頑張ろう!と話しています。
チーム内の自己紹介は「おすすめの翻訳絵本を1冊紹介」です。この本をなぜ選んだのかを言語化します。肩書きを外してニックネームで呼び合い、好きな絵本を通じてその人を知る、チームビルディングの第一歩です。私が選んだのはこちらの絵本です。
『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』
バージニア・リー・バートン/文・絵 むらおかはなこ/訳
福音館書店 1961年
選書の理由は、息子が図書館で何度も読んでいた絵本であるということですが、それまでは図書館で借りていたものの、初めて自分から欲しいと言って一緒に購入した思い出があります。息子の好きなシーンは、上がっている跳ね橋(→絵本は平仮名なので、「羽のような橋」だと彼はいまだに思ってます。)を飛び越えるところと、「ちゅうちゅう、しゅっしゅっ!」、「ちゅううう・・・」の音の感じだそうです。この絵本を開くと、子ども2人を両脇に置いて読み聞かせしていた時の、肌から伝わる興奮した汗ばんだ体温が蘇ります。バージニア・リー・バートンの細やかな絵や螺旋を描く技法、村岡花子さんの躍動感とリズミカルな文章に引き込まれるのだと思います。村岡花子さんは、私が子どもの頃に『赤毛のアン』が大好きでシリーズを何度も読破していました。村岡花子さんの翻訳で親子ともに夢中になっているということに不思議な縁を感じます。
英語版を今回初めて図書館で借りて読みました。こちらはペーパーバックです。副題がついていて、『THE STORY OF A LITTLE ENGINE WHO RAN AWAY」私の手元にある日本語版の見返しの、ちゅうちゅうが田舎の町から都会へ走るカラフルな風景画はありません。代わりに、奥付けの次ページに螺旋を描く線路を下から上へと時代毎の汽車や列車が走り、線路の螺旋の中にいる男の子へスポットライト、「TO MY SON ARIS」と書かれたページがあります。
お話の始まりは、昔話のように「むかしあるところに」から始まります。
ところが、驚いたのはHer nameと書かれていること!私は、ちゅうちゅうはいたずら好きで反抗期を迎えた頃の若い男性(中学生ぐらい)だとずっと思っていました。女の子だったとは!!そうして意識的に絵を見てみると、ちゅうちゅうが客車を引くのはごめんだと考えているシーンや、次ページの実際に1人で走り出すシーンで、ちゅうちゅうの表情が可愛らしいおてんばな女の子に見えてきました。
声に出して読んでみるととてもテンポが取りやすく、英語が得意でない私でもまるで韻を踏んでいるかのようにリズミカルに読むことができます。擬音が実際にはどう表現されているのか気になりました。
「CHOO choo」という大文字と小文字の違いを、「ちゅうちゅう、しゅっしゅっ!」と音を使い分けて訳されています。日本人の感覚では汽車は「シュッシュポッポ」と思い浮かぶのが大半であろうと推測しますが、それを「ちゅうちゅう、しゅっしゅっ!」と表現することは、当時としては斬新な訳だったのではないかと思います。小さい子にも読みやすい音を意識されたのかもしれません。また、講義で習ったように、タイポグラフィの技法が英語から形を崩さずに日本語訳にも表現されています。全てひらがなで表記されているところから、就学前後の子を意識して訳されていたと推測できます。60年以上経っても古いと感じさせない綺麗な日本語をそのまま使用していること、難しい単語はないけれど、「枕木」や「炭水車」といった馴染みのない言葉も出てきますが、絵を見ていれば自然と理解できるようになっていて、文と絵とが相乗効果で私たちに語りかけてくれているのが良く分かります。
訳者の村岡花子は『赤毛のアン』シリーズを日本に入れたことは有名であり、石井桃子とともに戦後の翻訳家の走りとなった人です。村岡花子について調べいるうちに、東洋英和女学院のホームページにたどり着きました。
(一部抜粋・要約)
10歳の時に給費生(奨学生)として東洋英和女学校に入学し、在学中に和歌や古典文学を学び、その後童話や翻訳を始めることになった。卒業して山梨英和女学校で英語教師として5年間勤めた後、銀座の教文館で編集者となる。結婚し子どもが産まれるが、夫と死別したことがきっかけとなり、日本中の子ども達に外国の家庭文学を紹介していくことを自らの進むべき道とする。
(2)チームメンバーが選んだ翻訳絵本
ていあいさん『星の使者 ガリレオ・ガリレイ』
3期私の所属チームで発表したピーター・シスの作品に興味を持ってくださった購入された絵本だそうです。非常に嬉しいです。
めめさん『こすずめのぼうけん』
耳障りが良く語りかけられているような心地よい絵本
としさん『こねこのぴっち』
小学校の図書室で岩波の本シリーズで小型版だったものを愛読されていたが、大型絵本として出会ったときの可愛らしさに一目で惹かれたそうです。
かのんちゃん『わすれられないおくりもの』
あっけちゃん『わたしとなかよし』
あきこさん『 』
3. 第一回講義 「絵本の翻訳について」
第一回ゼミは、ミッキー先生のご専門である石井桃子の翻訳研究について、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』を題材にご講義いただきました。長い年月をかけて研究されている宝物のような内容に、1回の講義で自分の中に全てを理解することは到底できませんでした。ミッキー先生のご著書や参考文献を読み、じっくりと理解を深めていきます。
4. 第一回講義を経て
ここまで書いてみて、目標が一つ増えました。それは、「誰に伝えたいか、何を伝えたいか、どのように伝えたいか」を常に頭に置くということです。リフレクションを書く際にもこれを意識します。
以前ミッキー先生から「現場があって実践できるのはいいことよね」と言われたことがあって、「そうだ!私は職場の子ども達に良いお話を届けるために、子ども達の心の糧となるお話を届けるために学んでいるのだ」ということをそのとき改めて認識しました。講義で拝聴した内容については参考文献で深めるのは勿論ですが、実際にたくさんの翻訳絵本を子ども達に読み聞かせることを実践しています。
『どろんこハリー』(ジーン・ジオン/作 マーガレット・ブロイ・グレアム/絵 わたなべ しげお/訳 福音館書店)の表紙を見せた瞬間からとても喜んだ2年生。でも、お話の途中から飽きてしまって落ち着かなくなってしまいました。一方で、『3びきのかわいいオオカミ』(ユージーン・トリビザス/文 ヘレン・オクセンバリー/絵 こだまともこ/訳 富山房)の表紙を見せたら話の展開が予測してしまってつまらなそうにしていた3年生。しかし、お話が展開するに伴って、その世界にグイグイ引き込まれていくのが空気感で伝わってきて、読み終えた時は興奮した余韻が残っていました。また、『三びきのやぎのがらがらどん』(北欧民話 マーシャ・ブラウン/え せたていじ/やく)は様々な場で何度も読んで熟知している作品であろうにも関わらず、幅広い学年で最後まで飽きずに聴くことができるのです。この3つの事例だけで判断するのは早急ですが、敢えて理由を挙げるのであれば、1番目は聞き手に作品が合わなかったということ、2番目は話し手である私が読みやすくて合っていること(「ふーっと吹いてぷーっと吹いて」のくだりが息が合う)が考えられます。最後は、絵自身が持つストーリー性と昔話特有の冒険譚や繰り返しの表現が子ども惹きつけるのではないかと思いました。
今の子ども達の話し言葉に合ってるか、年齢に合っているか、私自身のリズムに合っているか、絵の配置を確認してから翻訳絵本を選んでいこうと思いました。