夜咄 第二夜

紅花夕化粧の花



🌙 雨やどり

曇り空の季節で雨が控え室でお化粧してる。きっと、雨の出番になれば降るように言の葉が溢れて紫陽花が咲き始めます♪
あれから何年が過ぎたのか思い出せない。雨降る根津神社の桜門の下で雨宿りしている佳人との僅かな日々のことを。雨に咲く可憐で静かな佇まいと内に秘めた燃えるような想いの影を残して去っていった。そこには山紫陽花の花が静かに咲いていた。

師匠との茶会の打合せの帰りのひとコマで、一人で帰る晩春の雨と気まぐれの晴れ間に、気がつけば咲き出す紅花夕化粧の花が儚げな雰囲気を漂わせている。夕方に咲くかと思えば、しっかりと朝から晩まで咲き、夜中には萎んでしまう一日花なのだ。

その日の帰り道に雨宿りしている佳人と目が合ったのを、何故か今でも記憶が焼き付いている。
そして数日後のこと、根津神社へ師匠の書類をお届けするために伺って、その帰り道であった。

長い神社の通路の脇に夕化粧の花が、忘れかけた記憶を思い出させるかの様に、ひっそりと咲いていた。その趣きが慎ましく思えるのだ。
季節は雨月が過ぎる、雨季に差し掛かる頃となっていた。

にわか雨に追われて桜門に飛び込んで、濡れた雨を払っていた。すると傍に佇む人が微笑みながら見つめている。あっ!と思い、笑い返せば、確かあの日の佳人とすぐに分かった。

「数日前にも此処で雨宿りしていましたよね。」

「ええ、そうょ。」

「あの日見つめていたのを、ご存知でしたか。」
 
「はい、きっとわかってくれるかと。」

「あの時はすみません。ひとこと話かけておけばと後悔しました。
通り過ぎてから傘をお持ちすればと思いながら、やり過ごしてしまいました。」

「はい。私は、お待ちしておりましたの。待ちくたびれましてょ、雨が止みましたから帰りましたの。ふふっ」

えっ、この会話の返しの巧みさに、完全に呑まれてしまう自分に戸惑っている。

🌙
見覚えし佇む佳人見かけしも
言葉なくして我を苛(さいな)む

にわか雨駆け込む軒に佳人立つ
交わす言葉も二言三言

その時、神社の使いの者がビニール傘持って追いかけてくれた。見るなり彼女を連れと勘違いして自分の傘も渡して、素早く戻ってしまった。
間が空いたので気を取り直して

「傘が来ました。」

と笑いながら手渡す。
二人は歩き出した。急ぐ用事は無かったので、

「少し、話しませんか?」

「ええ、よろしくてょ。」

丁度、数メートル先の茶店に寄り込み、雨の行方を追うことにした。
ゆっくりと話が進み、雨も小降りになったらしい。そろそろ帰る仕草を感じて、連絡先を尋ねようか躊躇してたら、彼女が切り出した言葉にすべての謎が解けた。

「今度は、私にお茶を点ててくれませんか。」

「えっ‥‥‥。」
「あははは‥」
「私のお点前でよろしいのですか?」
「い、いつでも‥」
 
「えぇ、絶対よ。今度のお稽古で、先生にお願いしてみるわ。」

「分かりました。それなら次のお稽古の時ですね。」

「はい、楽しみだわぁ〜」

思わず、パズルが解けた時のように、笑いが止まらなかった。なんて事ない、
お互いに師匠の弟子と生徒なのだ。彼女は、すでに私を知っていたのだ。

🌙
佳人とのせめて月夜に出会へせば 
溢れる言葉贈れしものを

第二夜 完

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