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夜咄 九夜「タンザニアの風が」

「タンザニアの風が吹く‥風よ吹け‥」
 早起きした朝に小さな声で呪文を唱えながらゆっくりと沸騰
したお湯を少しずつ差しているのだ。

朝の珈琲を淹れていた。私は気持ちを一心不乱に集中している。
それがいつからか好きな時間になっていた。


「キリマンジャロはどんな味ですか」とポートレートが話しかけてくる。
「そうですね、爽やかな酸味と深いコクがこの豆の特徴なのでバランスが良くて私好みなんですね。相性がマッチしているのさ。タンザニアの風がここまで届く気がする。そんな感じですかね。」とまあ、さほど知りもしないのに得意そうに解説しているのだ。
 独り言のような会話をボソボソと呟きながらドリップで四人用のサーバーをいっぱいにする。
 エスプレッソ用の小さな器に入れた一杯をポートレートに添えればタンザニアからの風が華やかなアロマを乗せて吹き始めてくる。

 有閑人を標榜している独居老人の今にも消えそうな残り火の僅かな日々を過ごしている、そんなたわいのない朝を切り取ったひとコマなのです。

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