36回目の12月30日vol.1

1987年12月30日20時頃 1人の男が弱冠18歳という若さでこの世を去ってしまった。彼の愛車、黒のフェアレディZと共に…
その男はとても優しい男だった。
その男はその日ある「約束」を果たそうとしてくれていたのだ。 この日の出来事が私ともう1人の男の心に大きな傷跡を残した。それは私達2人にとって決して治癒される事がない深い傷跡となった。

1980年〜1990年代、日本のアンダーグラウンドシーンやサブカルチャーシーンは隆盛を誇る時代で様々なジャンルのバンドが活躍し次々と新しい文化が生まれ当時の私はそれに夢中になりそれに憧れそして大きな夢を持っていた。
そんな中で起きた1987年12月30日。
当時私は地元の栃木県宇都宮市でバンドを組んでいた。バンド名は
VULGARITY KIDS!(バルギャリティキッズ)
ハードコアパンクバンドでいわゆる地方のローカルバンドである。
自主制作で作品も出していて国内外の一部のファン、マニアに愛され現在でも特に海外の通称ジャパコアマニアのコレクター間でその作品が高値で取り引きされている。
地方のローカルバンドだった故、更には活動期間が短かった事もありVULGARITY KIDS!の活動内容含めバンドの全容を知る人は地元宇都宮ですら少ないのではなかろうか。

もうすぐ今年で36回目の12月30日を迎えるにあたりVULGARITY KIDS!の1984年から1988年の4年間の歴史をメンバーとの出会いからバンド結成そして突然の別れ〜解散まで更にはその後のVULGARITY KIDS!について今ここに自分の記憶が残っているかぎりの詳細を数回に分けて書き連ねたいと思う。
そしてこれが彼への供養となれば幸いである。

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