ホッブズの社会契約論の論理的一貫性


イントロダクション

ホッブズは、16世紀のイングランドの政治家で、『リヴァイアサン』や『市民論』という本を著しました。彼は、当時のヨーロッパで起こっていた宗教戦争や革命などの政治的混乱によって、既存の政治体制の権力と権威が揺らいでいたことに対処するために、論理的に正統性がある政治秩序とはどんなものかという問題に取り組みました。

この問題は、社会契約論と呼ばれる思想潮流の基本的な問いでもあります。社会契約論者は、現実の社会秩序を一度、論理的に解体した上で、それが歴史のある段階に成立したこと必要性を証明するという方法をとりました。

社会契約論者は、現存の政治体制の権力と権威を問い直す批判的な側面と、そのように再構成された社会秩序を支持する保守的な側面の両方を持ちます。ホッブズは、イングランド内戦の時代に育ったので、社会秩序を重視する論者です。

ホッブズの社会契約論の構造

ホッブズの社会契約論は、以下のような論理的な流れで展開されます。まず、ホッブズは人間の本性や自然状態を説明します。次に、自然状態における人間の問題や弊害を指摘します。そして、その問題や弊害を解決するために、人間が社会契約を結ぶことを導出します。最後に、社会契約によって成立する政府や統治権の性質や機能を論じます。

ホッブズは、人間を「快楽を追求し、苦痛を避ける力を自動的に持つ機械」とみなしました。これは、人間の行動が必然的に快楽を追求し、苦痛を避けるという意味ではありません。人間は理性によって自己保存のために最善の手段を選ぶことができるからです。しかし、人間の本質は自己保存の追求であり、これは自然権として定められているというのがホッブズの考えです。自然権とは、自然状態においては無制限に行使できる権利のことです。自己保存は第一の自然権であり、他人の命を犯してでも自己保存を追求することが許されるという意味です。しかし、これは推奨されるという意味ではありません。自己保存の自然権は、社会契約によっては制限される可能性があるからです。

自然状態とは、人間が社会契約を結ぶ前の状態のことです。ホッブズは、自然状態を「万人の万人に対する闘争」と呼びました。これは、人間が自己保存の自然権を持っているために、お互いに争ってしまうという状態です。この状態では、人間は安全や平和を享受できず、不安や恐怖に苛まれます。ホッブズは、この状態を「人間の生活は孤独で、貧しく、卑劣で、短く、そして残酷である」と表現しました。

しかし、人間はこの状態に耐えることができません。そのために、人間は社会秩序を作るための政府を作ろうとします。そのための社会契約を行おうとします。社会契約とは、人間が自己保存の自然権の一部を放棄して、一つの主権者(政治的主体)に預けることです。この主権者は、人間の意志によって構成されるので、主権者の意志は個々人の意志と同一視されます。言い換えれば、主権者の命令に必ず従わなければならないという絶対的な統治権が導出されます。ホッブズは、この絶対的な統治権を持つ主権者を「リヴァイアサン」と呼びました。リヴァイアサンとは、旧約聖書に登場する巨大な怪物のことです。ホッブズは、この怪物のように強大な主権者が、人間の自己保存を守るために必要だと考えました。

ホッブズ社会契約論の問題点

絶対的な統治権についての留意点として、以下の二点が挙げられます。一つ目は、法によって定められているところに統治権があるのであって、法によって定められていない領域には自由があるということです。ホッブズは、人間が社会契約によって放棄した自然権は、主権者が法を制定することに同意したものだけであり、それ以外の自然権は放棄していないと考えました。したがって、主権者が法を制定しない限り、人間は自然権を行使できるということです。二つ目は、共和制は権力闘争によってコロコロ政策が変わるので、優れた人間が全権を振るう方が効率が良い統治ができるという期待があるということです。ホッブズは、主権者の形態については、君主制でも共和制でも構わないと考えました。しかし、彼は、自分の経験から、共和制は権力闘争によって不安定になりやすく、君主制は一人の人間が全権を持つことで安定になりやすいと考えました。また、彼は、優れた人間が全権を持つことで、国家の利益を最大化できると考えました。

しかし、ホッブズの社会契約論には、いくつかの疑問や批判が向けられています。その中でも有名なものが、「ホッブズ問題」と呼ばれるものです。これは、社会学者のタルコット・パーソンズによって提起されました。パーソンズは、ホッブズの社会契約論において、人間が自己保存の自然権を放棄することに同意する動機が不明確であると指摘しました。というのも、周りの人が自己保存の自然権を放棄しなかったら、自分だけ自然権を放棄しても意味がないからです。むしろ、周囲の人に命を脅かされるだけ危険だと言えます。パーソンズは、人間には社会的な傾向があるので、社会契約を結ぶことができるという若干循環的な回答を与えています。他には、戦争状態は死の悲惨をもたらすので、平和を求める自然法が発生するという回答もあります。

ホッブズ社会契約論の論理的一貫性

最後に、ホッブズの論理的一貫性を示す側面を示して終わります。最初に述べたように、ホッブズにとって自己保存は第一の自然権でした。政府を導出するための自己保存の放棄は第二の自然権です。だから、優先順位は自己保存の方が高いのです。もし、政府によって自己保存が脅かされたならば、自力救済による自己保存に戻れと言うのがホッブズの考えです。これは、ホッブズが絶対的な統治権を持つ主権者を支持しながらも、その主権者に対する反抗や抵抗の可能性を否定しないということを意味します。ホッブズは、自己保存のためには、主権者に従うことも、主権者に反抗することも、どちらも正当化できると考えました。

以上が、トマス・ホッブズの社会契約論の概観です。ホッブズは、人間の本性や自然状態、社会契約、絶対的な主権などの概念を用いて、論理的に正統性がある政治秩序とはどんなものかという問題に答えようとしました。彼の思想は、社会契約論の基礎を築き、後の政治思想に多大な影響を与えました。

参考文献
 大澤真幸『社会学史』(講談社、2019年)
 Bertland Russel 『History of Western Philosophy』(Routledge classics、2004年)
 坂本達也『社会思想の歴史: マキアヴェリからロールズまで』(名古屋大学出版、2014年)
 一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』(筑摩書房、2016年)

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