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クラマラス 4話 (長編小説)

僕は早起きだ。朝が好きだ。

 ゆっくりと朝の準備をしてゆっくりと歩いて学校まで行く。
家から学校まで歩いて30分ほどなのでのんびり歩きながら朝の景色を楽しんでいる。

朝練の人たちがいそいそと登校していた、「大変だなぁ」なんて思いながら僕は歌詞を考えていた。

『葉っぱに付いた朝露は始まりの日をお祝いしている』

どうかなぁ?
無しかなぁ・・・

「あ!葛西くん!」

驚いた。朝早くからこんな大きな声で呼ばれたことなんて人生で一度もない。
振り向くと自転車に乗って昨日のあの子が走って来た。

「北野さん?」
「おはよー」
そう言いながら彼女は自転車のブレーキをかけた。勢いよくブレーキの音が響く。

「おはよう」
呆気にとられながら挨拶を交わす。

「何?葛西くんこの時間から登校?」
「うんそうだけど」
「葛西くんって軽音楽部なの?」
「いや、入ってないよ」
「だよね、それに軽音部は朝練してないし」
「うん」
朝練も無いのに何でこの時間に登校しているのか聞かれると答えるのが面倒くさい。と言うよりあまり理解されたことがない。

小学生の時からそうなのだ。朝の雰囲気をゆったりと感じながら歩くのは気持ちが良い。それをみんなはわかってくれない。こう言うことが多い。

例えば、僕はシールが苦手だ。完成されているものに貼り付けるその神経がわからない。気持ちが悪いのだ。体調がすぐれない時は吐き気までする。

しかしこんなことを伝えても理解されない。「え?なんで?」と言われるか変な人だと笑われる。僕の中では普通だ。

別に社会のルールを犯してるわけではない。ただシールは苦手なのだから、ただ散歩は気持ちが良いのだからそうするのだ。そう思うのだ。

なのにみんなはそれをおかしいと笑う。
理解しようとはしてくれない。
笑った後はおかしな人と決めつけて去っていく。

だから嫌なのだ誰かに自分のことを話すのは。これは今まで生きてきて手に入れた処世術だ。自分のことはなるべく喋らないでみんなが良いと言ってるものに空返事でも「良い」と言っておく。

その苛立ちを後で音楽にして昇華する。これで良いのだ。だから聞かれても答えないでおく。何かでお茶を濁そうとした。だが。

「まぁ朝は気持ちいいしね。私もいつもは川原でトランペット吹いてるんだ」
「へ?あぁそうなんだよ!」
僕は面を喰らった。北野さんはもしかしたらそういうことを理解してくれるかもしれない。

「じゃあなんでこの時間に学校に向かってるの?」
「それがさ新入部員の子がさ、一緒に練習したいって言ってきてさ、それでやっぱり先輩としては無下には出来ないでしょ」
「まぁそうだね」
「だから、今日は学校」
「なるほど、そうなんだ」
「うん」
だったら早く行かなければならないのではないか?

「一緒に歩いて行くの?」
「え?駄目?」
「いや、駄目じゃないけど・・・遅れない?」
「うん、余裕はあるよ・・・」
僕は無言になった。北野さんも無言にだった。今日は若干気温が高い。

「なんか、寒い日が少なくなってきたね」
「え?そうだね。でもまた寒くなるよ」
「だねぇ」
また無言になった。二人で並んで歩く春の朝は空気が瑞々しい。

「そういえば、葛西くんってどんな音楽聴くの?」
「そうだな、なんでも聞くよ」
「そうなんだ。私はね『クラムボンと』か、『空気公団』とか聞くよ。意外でしょ?」
確かに意外だ。てっきり吹奏楽の曲か流行りのポップスかと思っていた。

「そう言う感じのバンドが好きなんだ?じゃぁ例えば『羊毛とおはな』は?」
「あー好き!落ち込んだ時にはよく聞くよ」
「落ち込む時があるんだ」
「何!?私がいつも能天気でやってると思ってた?」
「少しは?」
「何よそれ!」
あれ、怒らせたかな?だから人付き合いは苦手だ。

「ごめん」
「全然!確かにね、大抵は能天気にやってます〜」
戯けた顔で言ったので僕は笑ってしまった。

「笑えるんだ」
「え?」
「お返し」
「なんだよ!?」
今度は2人で笑った。そうこうしているうちに学校に到着。

「じゃあ私は自転車止めてそのまま音楽室に行くから」
「はいはい、ではここで」
「また後でねぇ」
手を振り合って別れた。また後で会うのだろうか?わからないが。

 昼休み。おにぎりを食べた後はイヤフォンをして音楽をきく。今日は『クラムボン』を聴こう。朝のやりとりの影響だイヤフォンを取り出した時だった。

「葛西」
この声は筒井さんだ。昨日筒井さんがこちらを睨みつける理由の1つはわかったけれど、他にも理由があるのかもしれないと思い警戒は続けていた。そんな中呼ばれた。

「はい!」
少々声が裏返ってしまった。恥ずかしい。

「北野が呼んでる」
「え?なんで?」
「知らないよ」
言い方に険がある。これ以上は聞いてはいけないと思い。筒井さんのいる教室の前の扉まで歩く。

「里奈、そんな怒らないでよ」
「はい?全然。怒ってないよ麻衣」
「まぁまぁ落ち着いて」
そんなやりとりを二人はしている。

「北野さん、どうしたの?」
「『どうしたの?』って朝言ったじゃん」
僕の真似を大袈裟にして北野さんは返して来た。確かに「また後でね」とは言っていたが本当に「また後でね」だったなんて。

「浦野くんのこと気にしてたよね」
「え、あ、うん」
「会いに行こう」
何を突然言っているんだ。

「会いに行く?」
「そ、行くよ」
と北野さんは歩き始めた。

「何してんの?早く」
「はい?いや・・・はいはい」
ついて行く他は無かった。筒井さんの冷たい目線を背中に感じながら階段を上る。

「浦野くんいる?」
北野さんは浦野くんを呼んだ。

商業科の空気感はわからないが、北野さんが浦野くんと積極的に会話をすることはこれまでなかったのだろうと想像がついた。それほど4組の空気は静まり返っていた。

 一番驚いていたのは浦野くん本人だ。目が点とはこのことだろう。
「浦野くんちょっとちょっと」
浦野くんはすごすごと歩いてきた。恥ずかしかろう。みんなに見られていた。気持ちはわかるぞ浦野くん。

 浦野くんを連れ、僕を連れ、北野さんは自分のホームグラウンドであろう3組に入る。
「ここ私の席」
そう言って座った場所は窓際の窓と窓の間の窓のない空間。ちょうど列の真ん中。5組でいえば僕の席だ。

「私、ここの席好きなんだよね」
「は?」
「だって壁は冷たくて気持ちいいし、意外とクラス全体が見渡せるんだよね」
なるほどそんな風な見方があったか、人が違えば全然違うんだな。

「何、じろじろ見て」
「あ、いやいや」
また恥ずかしい。

「で、浦野くんは葛西くんと会ったことある?」
浦野くんは喋らないだろうと思ったが
「昨日会った」
「浦野くんは音楽が好き?私たちは好きなんだよねぇ」
そうなんだが、その『私達仲良いんです』みたいなやつやめてくれ。

「俺も好きだよ音楽」
あれ?浦野くんなんでこんなにスラスラと喋るんだ?
「昨日、葛西くん?がギターを弾くって聞いて、どんなの弾くんだろう?って思った」
そうだったのか、だから昨日こっちを見ていたのか。

「私も興味ある。葛西くんてどんな曲弾くの?」
「えっと何だろう・・・コピーってことでしょ?今はそんなにしてないからな」
「じゃあ何弾いてんの」
「いや、ただ、こう思いついたままのフレーズをアドリブで弾いてみて、使えそうなリフがあったら録音してとっておいて」

浦野くんが割って入った。
「オリジナル作るんだ」
「まぁそうだね、オリジナルになるね」
「すごーい!オリジナルなんだ」
北野さんが感嘆の声を上げる。なかなか嬉しいが恥ずかしい。

「じゃあさ、DTMしてる?」
「DTM?あぁパソコンで作るやつ?僕の家のパソコンじゃ出来ないんだよね、スペックが足りなくて」
「じゃあさ今度持ってくるよ、PC」
「え?浦野くんはやるの?」
「まぁかじる程度だけどね」
「何?何?D・T・M?」
北野さんが割って入ってくる。

「そうDTMっていうのはデスクトップミュージックの略で机の上でPCを使ってレコーディングをする作業のこと」
「へぇ、そんなことができるんだ」
「そうだよ、今のアーティストの中にもしている人いるよ。」
「へぇそうなんだ」
昼休憩がそろそろ終わる。僕は帰らなくてはならない。最後にどうしても気になることを聞いた。

「何で浦野くんは今日こんなに喋るの?」
「え・・・?」
途端に黙ってしまった。悪いことをした。

「浦野くんは音楽が好きなんだよ、だからでしょ」
北野さんが言った。なるほどそういうことか
浦野くんはまだ黙っていたが
「じゃあそろそろ時間なんで帰ります」
と言った。

「はぁい、気をつけてね」
「俺も戻るよ」
「バイバイ」
浦野くんの最後の言葉に少し沈んだ感じがあったが何だろう。
僕ら3人は別れ教室へ戻った。

 次の日、僕の教室に浦野くんが訪れた。何でもPCを持ってきたようだ。PCとそれを繋ぐオーディオインターフェース。鍵盤だけでは音が出ず、PCにつなげる事で音が出るキーボード、それにヘッドフォン。本当に持ってきてくれた。

「約束したでしょ」
そう言って彼は足早に去って行ってしまった。ちょっと困ったぞ、これって高価な物なのではないか?そんなものを簡単に2度喋っただけの僕に貸すなんてどう言うことだ?警戒心というものは無いのか?

 家に持って帰ってみたがやり方がわからず。スマホで設定方法を見ながらセッティングしてみる以外と簡単に出来た。使い方も調べて勉強しながらやってみる。

 次の昼休み、今度はこちらから浦野くんの所に行く。4組に行くためには3組の前を通るため北野さんに見つかり付いてきた。

「誘ってくれてもいいじゃん」
「でもついてきてるじゃん」
「そうだけど・・・あれ?なんか葛西くん疲れてる?あ!浦野くん」
一息に彼女はあっちを向いてこっちを向いてと、鳩みたいに首を回しながら話していた。

浦野くんが来た。
「浦野くん、昨日貸してもらったやつ使ってみたんだ」
と目の前の空いていた机にパソコンを置いて見てもらう。
 
「もう作ったの?これ聞いてもいい?」
「うん、もちろん」
恥ずかしいがせっかく借りてこんなに楽しい一晩を過ごしたんだ。

 実は、昨日は一睡もしていない。夢中になりすぎて寝るのを忘れていた。それほどまでこの作業は楽しかった。

 浦野くんはヘッドフォンを付け慣れた手つきでパソコンを操作する。一晩でも作った曲の長さは4分程度。この長さの中に色々な楽器の音を重ねて入れ込んでいく。
 例えば、オルガンだったり、バイオリンだったり、トランペットだってキーボードを押せばパソコンの中の音源で表現される。何だか玩具箱に手を入れてその中のいろんな玩具を取り出すような夢の気分で気づけば朝を迎えていた。そんな昨晩のことを思い出していると。

「これは凄いね、本当に昨日初めて使って一晩で作ったの?」
「うん、わからないところはちゃんと調べたよ」
「ちょっと!私も聞きたい!」
北野さんが割って入ってきた。「いいよ」と答えようとした時、浦野くんは素早くパソコンをまとめて教室を出て行ってしまった。

あまりに素早い身のこなしに度肝をぬかれながら、「取り敢えず追いかけよう」と北野さんがそう言った。「わかった」と答えて一緒に追いかけた。

 一体どこに行ったんだろう?廊下を出て辺りを見回すと3号館の方に向かう渡り廊下を走っていた。3号館は職員室や図書室がある。

 何をする気なんだろう?浦野くんを追いかけた先、そこにあったのは放送室だった。

「何をする気なのかな?」
肩で息をしていた僕の横であっけらかんとしている北野さんは言った。僕には何となくわかってしまった。その瞬間学校中のスピーカーから音楽が響き渡った。

そう、僕が作った曲だ。

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