映画「あんのこと」多少のネタバレと澱

映画「あんのこと」を見た。
登場人物が主人公のあん以外全員が異常で誰かに寄り添おうとしないと生きていけない人間ばかり、その中で生きていかざる得なかったあんが選んだ最後は自責の念などではなく、自分を含めた全てへの失望、空を飛んでいくブルーインパルスの目的を知る由もなく。

救いがなさすぎる。何かを手にしたと思えば全て指の間からこぼれ落ちる。「こんなことならあの時のあのままで良かった」とあんには思っていて欲しくない。

 母親はきっと親離れができなかったのだろうと思う。祖母がああなのも、あんの母親が依存しすぎていたせいだ。そしてそれは自分の娘へも向かう。祖母に依存し娘に依存し、酒に男に金に、そんな人間に救われることは必要なのだろうか。あんが母親に包丁を向けた時僕は複雑な気持ちになった。「そんなことはやめよう」と思う自分。「もうやってしまった方がいいのかもしれない」と思う自分。無責任だ、自分とは関係がないと思えるからそんなことが言える。

 初めから全てを失っている主人公だが、優しさだけは最後まで持ち続けた。「優しいからそうなってしまった」と言ってしまうのは自分で考えたことなのにすごく不快なのだが「あん」がどんな人間なのかを評価する時に『優しい子』という言葉以外に一切ない。なぜこうも他者を恨み憎しむ気持ちがなかったのだろうか。もしかしたらあったのかもしれない。あったのだがすでにそんな感情は無くなってしまって全て諦めていたのかもしれない。

 僕はこの物語をただ「悲しい」や「辛い」といって涙を流してお終いにしては駄目だと思う。

 僕は知っていた。コロナ禍で社会と分断されてしまい1人で生きていかなければならなかった人がいるということを。
 僕は知っていた。親から虐待に苦しむ人がどこかにいることを。
 僕は知っていた。これだけの情報やそこにアクセスできる物を持っていてちゃんと情報を得ていたはずだ。

 きっと僕はラジオで聴いたそのような事情に振り回されてしまう人たちを「そういうような人たちがいる」ということで納得させてしまっていた。
 そうでなくて、もしかしたら数件先に立っている錆だらけのアパートの一室にそんな困難さを抱えている人がいるかもしれない。と考えられる想像力を持つということが大切なのではないだろうか、いつになったらそんな想像力が身につくのだろう。

物語に戻る
 あんに対してなぜそうしてあげなかったのかと周りの大人に対して思った。まず母親、この人に対して何も言うことはない、関わらない。
 祖母はなぜ、見て見ぬふりができたのか、それが当たり前になってしまっているのはわかるが孫が自分に優しくしてくれて、その孫が娘によって辛い目に遭っているということを何故どこにも言おうとしないか。いじめを見て見ぬふりをする奴はいじめをする奴と同じだと教わった。祖母だって虐待の加害者だ。
 仕事場を紹介されて一生懸命に働く場所。そこに母親が訪ねてきてしまう。なぜ、あんと母親を会わせたのか、なぜんあんをみんなで奥に引っ込めて絶対に合わせないということをしなかったのか、母親に引っ張られているのを助けようとしなかったのか、事情は知らなかったにせよ、あのような状況で過去に何かがあったのだろうと推測できる。あんを何故守ろうとしなかったのだろうか、「母親とあなたの人生は違うものだから責任を感じなくてもいい」と言っていた、確かにその通りだ。ではなぜ職員はあんと母親を会わせたのだろう、あれだけの剣幕で現れたのなら会わせてはダメだということにならなかったのだろうか。

 多々羅刑事、下心があって近づいたのかは明らかにされていない。しかしシェルターを私物化していなければこんなことにはならなかったのではないか。もしかしたらこの男だって本来は薬物中毒からの脱却を支援したいと真面目に思っていたのではないか。
 週刊誌記者の桐野。自分の仕事なので何も文句はない、告発したことに関しては記者としての責任を果たしただけだ。ただクライマックスで倒れ込んだり、面会の際に「記事を書かなければ捕まらなければこんなことにならずに済んだのか」と多々羅に尋ねる、ならばなぜ記事を見せた後あんのフォローをしなかったのか、なぜもっと関わらなかったのか。なぜ自分が紹介した介護施設で働けなくなったことによって助けが必要になることを予期できなかったのか、あの頃のニュースでは介護施設等も閉鎖や学校は休校という風に出ていたはずだ、あんが関わっていたことを知っていたはずなのに、なぜ何も連絡をしなかったのか。

 全員想像力が足りない。
最後の子どもの母親は論外でしかない。勝手に男を作って置き去りにして児相から取り戻すのに苦労した?何をふざけたことを言っている、「あんさんは命の恩人」勝手なことを言うな。この人も異常だ。

みんながみんな想像力が足りない。
僕も今の想像力ではあんの痛みや悲しみを理解できても、気持ちは理解できない。
悩み続けるしかない。この映画を「悲しい」や「辛い」で消化させないように。

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