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人生は選択の連続、というやつ【2023/12/16】

「人間は失敗する生き物、だからバグは無くならない。」

これはこの前大学で聞いた公演で、私が唯一記憶に残っているワードである。

そう、人間は失敗するのである。
つまり何が言いたいかと言うと、今日の私はもうメンタルがダメです。


・今日は4年次における研究室配属の希望締切日だった。研究室配属とはまぁ会社の部署みたいなもので、来年1年間自分はその当てられた場所で何らかの研究に取り組む必要がある。

私はそれなりに悩み、今日の朝には配属希望を完成させていた。が、締切時間(17:00)が近づくに連れ不安になり、色んな択を考え迷走してしまった。

私は最終的な希望研究室を2箇所に絞った。1つは今の成績なら確定でいけるだろう場所、もう1つは行けない確率がそこそこある場所だった。どちらかと言うと行きたかったのは後者の方である。
(人数が多い / 先生が優しい  との情報から)

私は今まで、挑戦よりも安定を取り続ける生き方を常にしてきた。これは別に狙ってそうした訳でなく、自分が最善を考えるとそちらを選択してしまうが故の結果だった。

しかし私は今絶賛人生模索中。これまでの生き方に若干の否定的態度を向けており、変わりたいという思いを胸にひそませていた。

だから後者を選んだ、今までにない挑戦的姿勢を取ってみたかったから。安定を選んで後悔した経験たちに報いたかったから。
 
時間になり、アンケートが締め切られた。バイトから家に帰ると16時すぎで、バタバタと配属希望に向き合っていた自分の心も徐々に落ち着いてくる。


あぁ〜〜〜〜選択間違えた〜〜〜〜〜


すぐこうなった。あーあ、もうダメだ。冷静に考えると絶対通らない。アンケートの仕様上、第1希望を落とすとろくな研究室には配属されないため来年1年の泥沼化を叩きつけられた気分である。

なんかこの流れだけ見るとよくある、選んだ方どちらも後悔する現象のようだが、今回はそれ以上の病みを感じている。

 自分の嫌ポイント
▫ギリギリになって人を頼り、その人の意見を真に受けたこと。最後の日になってアドバイザー教員という担当教務に相談してしまった。自分で責任を負わないようにする心の働きなのかと疑ってしまう。自分だけで考え決定できないという今まで通りの在り方のままだった。

▫自分の知人がもう1つ(前者)への配属希望を出していた。自分が同じ場所へ希望を提出することでその人が落ち、嫌味や悪感情を向けられることを嫌がった。他人の目を気にする、という自分が永遠続けている生き方に従って選んでしまっている。別に自分が努力して得た成績なのだから、それで己の幸福を掴みに行ってもなんの問題もないというのに。

私は今回、安定択を取らず挑戦の道を選ぶことで自分を変えるような姿勢を取りたかった。しかし結局、その選択肢を選ぶまでの過程は自分の過去の生き方そのままが反映されていた。

結果、今まで通りの自分に選択肢を選ばされていたような気持ちになった。しかもそれで望まぬ研究室へ配属され、興味もない内容を1日中実験する日々が続くと思うと泣きそうになる。



というのが私が今日犯した、かなり痛い失敗です。「失敗は成功の元」というワードも今思い出したが、それに準じられるほどの元気は現在ない。

私は追い詰められると、必ずハズレの選択肢を選べるのだと気がついた。未来の私には、今日の私を恨む権利がある。

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