一統合失調症者の自分史 反省と後悔➄

 これはとてもラッキーなことだったと思うのですが、その頃偶然、森田療法の事を知り、薬物療法が怖くなった私は、中野の鈴木診療所に入院することにしました。鈴木診療所の治療内容は簡単に言うと、掃除、洗濯(洗濯板でする。)、炊事、薪割(風呂を薪で沸かす)、封筒貼り、鶏の世話、バラ
園の手入れ、一日にどんな事をしたかを書く日誌記入等で後、夜の8時から9時迄は遊びの時間という事になっていて、毎晩百人一首のカルタ取りをします。毎晩するから、皆、驚異的に速いのだが、反射神経的な能力を鍛える狙いがあったのではないかと思います。鈴木先生のご講話も随時行われます。この時こそが私の長年にわたる心の病を治す千載一遇のチャンスでした。ああ、それなのに私は何と愚かで甘かったのでしょう。皆がきびきびと動き回っているのに、私はフロイト(精神分析入門という入門書なのですが、フロイトの著作のなかでは最も分厚く体系的な書物)やフッサール(ハイデガーの先生)の本を読み耽っていたのです。2歳位年下の患者仲間からは「三宅さん、本なら退院したらいくらでも読めるよ。」と言われ、年長の患者からは「君にはここで修行して病気を治す義務が御両親と妹さんに対してある
。」と説教されても、それでも読書を止めなかったのです。これは私の人生最大の失敗のひとつです。ここでしっかり修行して病気を治さなかったら女
を抱くこともできないという危機感を持って作業に取り組むべきだったと思います。結局7ヶ月間入院して確認強迫行為が頭内朦朧状態に置き換わる形で退院しました。頭内朦朧状態になった時は慌てました。(頭内朦朧状態と
いうのは森田独特の術語で、一般には体感異常セネストパチーといったほうが分かり易いかもしれません。それは言葉で説明すると頭のなかが粘りついたようなうんともすんとも動かないような「感覚」です。18歳の時の勉強不能状態とは違って実際に本を読む事が出来なくなる訳ではありません。)こんな事になるのなら、本など読まずもっと真面目に作業していれば良かったと、激しく後悔しました。

 退院して家に戻ってからは猛勉強しました。昭和56年の1月、24歳の時退院したのですが、この頃は、オチンチンは面白いように良くたち、そういう意味では明るい気持ちでした。(もちろんマスターベイションでの話ですが。)それが9月の25歳の誕生日のあたりから衰えを感じ始め、暗い気持ちになり始めました。また鈴木での入院を通して、気持ちが歴史から哲学に完全に切り替わっていたのですが、史学科に在籍している人間が、哲学科に在籍している人間に比べて不利なのは明らかで、そういう意味でも気持ちは暗かったです。

 結局、昭和58年の春、立正大学文学部史学科を卒業しました。大学院に進学するつもりだったし、就職はしませんでした。4歳年下の妹の雅子は私と同時に大学を卒業し、就職しました。私は近所のキューピーマヨネーズ工場で季節労働者をしました。9月末日にアルバイトは全員解雇になりました。それからは大学院哲学科を目指して、猛勉強しました。この頃、フラッシュダンスという映画をみました。昼間は溶接工として働いている女の子が、独学でダンスの稽古をし、フルタイムでダンスの学校に通っている女の子たちを圧して、オーディションに受かる、という粗筋です。馬鹿で馬鹿で仕方のない私が「フラッシュダンス!」と言って意気込んでいると、雅子が「お兄さん、あれは映画なのよ。」と言いました。確かに少しでも考えてみれば現実には有り得ない話です。大学院は結局、早稲田大学大学院哲学科を受けました。結果は不合格でした。ドイツ語は完璧だったのですが英語はあまり良くなく何よりかにより哲学が悪かったのです。不合格の凄まじい衝撃のなか
で、3年間に亘って悩んだ頭内朦朧は憑き物がおちるようになくなりました。しかし私の胸算用では大学院入試くらい当然一発で合格しないと、大学教授への道はほとんど絶望的なのです。また不合格の頃からED(インポ)になりました。これは寿一郎叔父には信じてもらうしかないのですが、嘘で言っているのでも、大袈裟に言っているのでもなく、27歳から31歳迄、全くたたず、マスターベイションもできなかったのです。

 しかし変だと思わないだろうか、普通でないと思わないだろうか。普通これくらいの年齢だと哲学をしていてもいなくても、働いていてもいなくても、学習塾のアルバイトをしていても、いなくても、EDになんてならないと
思わないだろうか?それは客観的・精神医学的に言えば、統合失調症の症状という事になると思います。だけど主観的・反精神医学的に言えば、18歳の時、精神を寿一郎叔父に乗っ取られ、年齢相応の女性経験が出来なかった結果と言えないでしょうか?これを半殺しと言わなくて、何というのか?それやこれやで大学院入試に落ちた私の気持ちは真っ暗でした。

 ここまで読んで頂いて有難うございました。  ⑥に続きます。



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