見出し画像

風呂に入らない人々


ユーチューバーのぐんぴぃ(バキ童)さんが提唱している意図的に風呂に入らない行為を
〝風呂スキップ〟と呼び流行らそうとしている。

ずっと入らないのではなくベクトル的には
〝今日は入らないが次は!〟と希望的な要素を持ちながらも無理強いはしたくない。

そんな考えらしい。

と言うのも
いわゆる(オタク)がカードゲーム会場やコミケで臭いからと攻め、風呂入らないオタクの入らない権利を侵害するとの事らしいのだ。

オタク=風呂入らないから臭い 

ゆえに新規の参入がはばかられ市場が縮小する。

オタクもそれは望んでいないので無理しないで人と合う前は風呂に入ろう!という啓蒙活動だ。

いつも入っている人からしたら
「当たり前じゃない?」と考えるでしょう。

むしろ「何で入らないの?」と理解出来ないと思います。

入らない、入れない人の理由を考えたいと思いました。

風呂スキップ堂々の第1位は
「めんどくさい」でしょう。

あらゆる理由を超えてこんなに人間らしいファジーな理由はありません。

私達酔っぱらいは良くわかります。
呑んで酔ってそのまま寝るなんて最高の贅沢ですよね。
でも結局汚れたシーツを洗うよりも風呂に入るほうが楽だと気づくのです。
人は誰かに何か諭されても本当に気づき、心に落ちる想いを理解するには時間や経験が必要です。

私達はその汚れたシーツで社会から自身を守っているのかも知れません。
自分の臭いは安心しますものね。

私はオタクが勇気を出して外に出て他者に
「臭い!」と否定されるだけの社会ではあってはならない気がしたのです。

他者と積極的に関われた人は他人を思いやり嫌な思いをさせない様にファッションにも気を使います。

それが出来なかったオタクはネットで擬似的交友で社会を模して経験する。そこに臭いや温度は無い。

そういう感覚や距離感を学ぶ時間を専門的な知識や技術を得ることに代えたのだろう。

つまり風呂に入る時間が無駄!との結論に到達するのだろう。

高齢者介護をしていると入浴介助は介護の柱で、清潔だけでは無く、怪我や病気、入浴所作の観察からのADLの確認など重要なものです。

しかし、入浴を拒否される高齢者はだいたい社会的に孤立されておられ他者を拒んでおられる様に映ります。
自身へのネグレクトへとも考えられる
緩やかな自殺に思えるのです。

強烈な自己否定感が社会否定に転じ強い入浴拒否に現れるのです。

もちろん一概には言えません。

精神疾患の為に入れない人もいっぱいいます。

入れるのが当たり前と思えば相手を想う余地はなくなります。

何故はいれないのか?と思えば歩み寄れるとは思いませんか?

また、平気で臭いまま電車に乗って他人に嫌な思いをさせて(俺の勝手だ!)と思うなら、そのまま続けていればよろしいとも思います。

自身が開き直ればならないくらいにその行動が間違っているともう心は知っているのだから。

ネットとかで文字にすればその裏の意図を散りばめるにはとても難しく、更に人々は観たいものしか観ない様になっています。

(目は口ほどに物を言う)
の通り非言語コミュニケーションのほうが多く情報を伝えています。
あなたのワンちゃん猫ちゃんには気持ちが伝わっているのを、わかりますよね?

令和のオタクはファションを気にして、適当に風呂に入り、普通に仕事しながらもパソコンの周りに推しのアクスタ並べて、彼女とコンカフェ行ったりしたら良いと思う。

多種多様の時代、カテゴリー分けなんてもう要らないのだろう。
風呂も趣味にしたら良いもんだよ。
他人に迷惑をかけるかもしれないとの危険を予知して、観念を壊すとストレスになり難いです。

頭で考えると自分が不利益を受けていると思いがちですが、全体的に良い方向に行っていると心で思えたら何か腹立たないですよ。

取り敢えず臭い人を人混みで見かけたら
(…今日は風呂スキップしたんだな、頑張れよ)と勝手に思えば何か許せます。

禁酒10日目のマヨさんは愛の伝道師です。
(おかしくなってきたw)

追伸 15年間毎日3㍑ビールを飲んできた私は甘いものが苦手でしたが、今は毎日森永ムーンライトとギンビスの染みコ〜ンを食わないと生きていけません。助けてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?