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エスカレーターで止まらなかった涙

彼が亡くなった後、私は、彼の家に1ヶ月間居候することになりました。
その時に本当に色々なことがありました。

人の心の癒されていく時間です。
癒されると言っても、簡単なことではなく、所謂「癒される」なんて簡単なものではありませんでした。

彼のお姉さんが吐き続け、真夜中に病院に連れて行ったこと。
彼のお母さんにシルクの喪服と靴を買ってもらったこと。
彼のお姉さんと毎晩抱き合って眠ったこと。
彼の光のシルエットを夜の帳に見たこと。
首に誰かの息が当たって、あなたの声が耳元でしっかり聞こえたこと。
彼が好きだった、インスタントの塩ラーメンに卵を入れて食べたこと。
彼の毎朝のオレンジジュースを真似したこと。
外に出た時に不思議な土星みたいな雲を見たこと。
食べても食べても痩せ続けていく身体のこと。
彼が一緒に行って買ってくれた婚約指輪を1人で取りに行ったこと。
自分がムードメーカーになって、彼の家族と過ごしたこと。
お母さんが心療内科に通い出したこと。
お父さんが仕事に行くまでに何週間もかかったこと。
お父さんと2人で何度も出かけたこと。

思い出せば、まだまだたくさんあります。

彼が亡くなって彼の家で暮らしている中で、私は1人の時間がありませんでした。
いつも誰かの話し相手になって、掃除をして、ご飯を作って。。。
ある日、買い物を頼まれて近所のスーパーに行ってエスカレーターに乗った瞬間、
涙がボロボロボロボロ、もう、どうやっても止められないくらい、ひっきりなしにジャブジャブ、ジャージャーあふれて、次から次へとこぼれてくる。

買い物中でも、その涙を止めることはできなくて、泣いたまま買い物をしました。
でも、帰ってから泣いていた顔では困ると思って、帰り道の公園のブランコでなんとかお腹に力一杯の怪力でグーッと涙を堪えて、顔を洗って、しばらくしてからまた車を運転して帰ったことがあります。

あの日は、私とお母さんと2人の食事で、後からお父さんが帰ってきて3人で過ごした日でした。
お母さんに
「〇〇、ずいぶん痩せたからしっかり食べないとダメだよ。」
と言われて体重計に乗ったら身長166センチの私の体重は38kgになっていました。自分でもびっくりするくらいに痩せていて、これでは死んでしまうんじゃないか?と思ったのをよく覚えています。

私は、このエスカレーター事件(笑)まで涙を流すことはありませんでした。
その代わりにいつも常に微笑むことを心がけていました。
瞬発的に何か喜びや面白いと思える感情があって大きな声で笑うことよりも、常に微笑んで自分の心を落ち着かせていることを心がけていました。
それがいいことなのかどうなのかわかりませんが、そうすると決めました。
それはこの家のムードメーカーだったからです。
絶対に幸せを運び続けようと決めていました。

その時の私は、彼のお母さんが一番辛い人だと考えていたんです。
私は、その時子供がいないから何もわかりませんでした。
でも、それはあながち間違っていなかったと、今、子供を持って感じています。
どんなに私が愛した人でも、その人のお母さんには勝てないんだと、今は確証を持って宣言することができます。

だけど、それを認める。。。
というか、それを心に認識するまでは私もそれなりに辛かったんです。

誰かに会うたびに人々は私が悪いから、彼が死んだんだという。
でも、私のことを彼のお父さんは盾になって守ってくれる。
そういう正義感、彼はお父さんに似たんだと思いました。
お父さんがいてくれるだけで私の心はとても楽になりました。

私は居候までさせてもらって、その上、お父さんにまで守ってもらっていたんです。どれくらい最強の環境にいさせてもらったのか・・・今になって心から感じることができます。
私ことも、すぐに受け入れてくれるくらい、彼のお父さんは彼を可愛がっていたのです。絶対に、彼を通して私を見ていた筈ですから。

私はあの時、全身で生きていました。
毛穴という毛穴で呼吸をして、目の前にあることを一つ一つ片付けながら生きていました。毎日毎日そうやって過ごしていると、知らない間に少しずつ何かが変わっていくんですよ。
ただ、毎日太陽が登って、沈むまで、その家でできることをただただやる。
できることをする。
できないことや知らないことは聞く。
聞く人がいなければ、考えてやってみる。
自分流でやった時は、家の人が帰ってきた時にそれでよかったかどうかを尋ねてみる。

時々、彼の家族を思い出します。
そして彼の家族に会いたくなります。
全く自分勝手ですが、家に行ってみたいと思っています。
彼の仏壇に今なら向かい合えるのかもしれない気がするんです。
お墓にも生きているうちに手を合わせたいと思っています。

どのくらい時間が経っても、何も変わらないのかもしれません。
あの家は・・・

彼の話はとても疲れます。
なぜかエネルギーを使う。
よく眠れる、いい薬なのかもしれませんね。
今も、まだ彼に寝かせてもらっているってことですね・・・

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