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馬がいるって聞いたので。(3)

『多摩動物公園』
                                                 2022.11~2023.12

    1年かけて計4回、多摩動物公園へ行った。たった1年でも、状況は目まぐるしく変わってゆく。それは仕事も、家庭も、そして馬も。
     ちょうど1年前、初めて訪れたときに私を出迎えてくれた馬の名は「桃太郎」と「仁太郎」。北海道の家畜馬だ。「桃太郎」は、全体が白っぽいが、黒っぽさも透けてみえる。膝から下は特に黒っぽい。対して「仁太郎」は、全体は明るめの茶色で、おしりのあたりは白っぽい。まるでココアにミルクを注いだかのよう。

    なかよく草を食べたり、馬場を駆け回ったりしていた2頭だが、私にはなかなか近づいてこない。はじめましてなので、まずは私は怖い存在じゃないよ~アピールをしようと思い、少し離れたところで動かずにじっと立ってみた。ちらちら2頭のことを見てみるのだが、向こうも警戒しているので距離は一向に縮まらない。       
    そこへ、一人の男性がふわふわと坂の下からやって来た。60代くらいに見受けられる。記憶は定かでないが、たしか白髪まじりで眼鏡をかけていて…。そう、わりとどこにでもいそうな感じの。別段、怖そうでもなく、やたら優しそうなわけでもない、ごくふつうのおじさん。
    このおじさんが柵に近づいたら、なんでだか知らないが「桃太郎」も「仁太郎」も、すぅーっとおじさんに寄っていった。なんでだ?なんでなんだ?!私は、馬よりおじさんに釘付けになった。通いつめているんだろうか。昔、この子たちの世話をしていたとか?いま馬に携わっている方?横目で様子を伺う。ただただ、立っているだけのおじさん。どうやら秘策はないようだ。
     私はほんの少しずつ、このおじさんとの距離を詰めていき、知らぬ間に馬に近づいて行く戦法をとることにした。一気に近づいてはだめだ。焦るな、私。ほんの少しずつ…じりじりと。
     おじさんとの距離もあと5メートルほど。もうちょい近づきたいなぁ~、なんて思っているところで、おじさんは坂を上がって行ってしまった。取り残された私は、にっこり笑って2頭を見つめ、名前を呼んでみた。パカランパラカンと走っていく馬たち。あーあ。
     それから何度か、波が押し寄せては引いていくかのように、私と馬たちは近づいたり離れたりした。そのうち、夕方を察知した「桃太郎」と「仁太郎」は、馬房に続く扉の前で立ち尽くし、動かなくなってしまった。おーい。まだ私はいるんだぞー。正直者だなぁ。今日のお仕事、おしまいにしたいんだね。
     家畜馬の隣にも馬場があり、そちらにはモウコノウマがいた。毛肌はすべすべ。ベージュ色や薄茶色。こちらには、9頭の仲間がいるようだった。

    モウコノウマたちは、赤ちゃんや子どもが来ると、サッと柵の極までやってきて顔を見せてくれる。ついでに草をモシャモシャ食べて見せる。子どもたちは、馬が近くで見られて、みんな嬉しそう。私は子どもたちに紛れて近づいて、写真撮影を試みた。
     空を見上げれば、鱗雲。ぼちぼち帰ろ。これが、初めての多摩動物公園の馬との出会いだ。

     パソコンやスマホの動作環境が整わず、1度目の多摩動物公園のnoteをアップ出来ないまま冬を越えた。持っている写真は冬模様。でも、実際には、もう春。季節感が合わなくなってしまった。仕方ない。再度、仕切り直してnoteを書こう。そう思い、4月にもう一度、多摩動物公園を訪れたというわけだ。
    実際に行ってみると、「桃太郎」がいない。不安な気持ちになった。
   「仁太郎」と声をかけてみる。媚びるでもなく、嫌がるでもなく、前回と変わらぬ様子で、静かにそこにいてくれている。

    「桃太郎」が、そのうちスタッフに連れられてやって来るかな?なんて思っていたのだが、最後まで「桃太郎」はやって来なかった。その後ネットで調べ、「桃太郎」が12月に天国へ旅立ってしまったのだと知った。たった1度しか会えなかったけれど、本当に11月に行っておいてよかった。やっぱり、何事も思い立ったときにやるべきなんだな。

    ちなみにモウコノウマも、美味しそうに青々とした草を食べていた。

 

      このときいた9頭のモウコノウマのうち、2頭は、現在「横浜動物園ズーラシア」にお引越ししている。 それも、たまたまズーラシアへ行って知ったのだが。(ズーラシアのことは、このシリーズのマガジンの(2)に書いてあります)

    今まで、なかなか馬と仲良くなれないなぁと思っていたのだが、きっと私のほうが緊張していて、それを感じた馬が私を警戒していたのだと思う。滲み出る波動みたいなのを、馬には隠せないんだろう。馬と対峙するときのコミュニケーションのとり方は、人同士のときにも通ずるものがあるなぁと、いつもいつも思う。

    3度目は息子と行ったので、馬を見るのはほどほどにし、猿やキリンなど、普段時間をかけられなかった動物たちをたくさん見た。それから念願の昆虫園へ。温室の中で、様々な種類の蝶々が悠々と飛び回っていた。

     4度目は、つい先日。まだまだ紅葉が残っていて景色も楽しめた。目の前を歩いていた子どもがお母さんに手をひかれながら、道端に吹き溜まった枯葉を踏み踏み歩いていた。背の高い木のてっぺんに、数枚だけ葉が残っている。

    仁太郎だ!
    夢中になって干し草を食べている。ゆっくりゆっくり近づいていく。クッと勢いよく頭を上げてこちらを確認した。「?」って顔をしたかと思えば、すぐにまた食べ出した。とにかく食べる、食べる、食べる…。


    夏は白っぽかった仁太郎だが、今は茶色い。まるで別人(馬)のようだ。仁太郎の紹介を見てみると「栗粕毛」となっている。

    私は仁太郎の近くで立ち尽くし、食べ終えるのをひたすら待っていた。退屈だったから、大量の枯葉の中から綺麗な色の葉を探したりしながら。

    30分くらい経っていただろうか。待ちくたびれて長く感じただけなのか。仁太郎が、ようやく近づいてきた。と思ったら、遠くを眺めている。視線の先には、スタッフが。

    なんていうか、胸の中をギュウッと掴まれたような感覚。
     ん?だれか私を見ている?そう思って、隣のモウコノウマの馬場を見てみたら…。

    ぼうっとしている、モウコノウマ。なんだか、ほっこりする。

     最後の最後の秋を感じながら、15時半には寒くなってきて、帰宅した。

       


    

 
    


 

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