薫子

沈鬱な自己開示の場として。

薫子

沈鬱な自己開示の場として。

最近の記事

喪失

好きだった人が見せてくれた笑顔は忘れられない。 だが、突如として豹変し、私を睨みつけて去っていったあの目もやはり忘れたいのに強烈に残ってしまうものだった。 人は豹変する。 理由があってもなくても、心変わりする。 しかたがない。 だけどその度に、 「あー、私が好きだった人はいなくなっちゃった(死んじゃった)んだ。今目の前にいる、私を睨みつけたこの人は、私の知っている、私が好きだったあの人じゃない。別人なんだ。」 と思わなければならないので、苦しい。 思いやりのない人が私に執

    • 交際相手への感謝

      付き合っていると思っていた男は、あろうことか、店ででくわした私を睨みつけ、無視して立ち去った。 別れるのは結構。構いません。 人の気持ちは変わるもの、縛れない。 でも、気持ちが変わったなら変わったで、変わりましたと言いなさい。 短い付き合いだったとしても、自分に割いてくれた時間や心遣いに対して、ありがとうございましたって言いなさい。 なんで黙って逃げるのか。(言うのが怖いからなのはわかりますけど、肝も腹も据わってないその逃げ腰体制、理解したくもありません) 別れの挨拶ひと

      • 自然消滅

        付き合っていると思っていた男は、自然消滅を望んでいるようだ。 このような不躾な態度を取られたことは初めてで、大変狼狽している。いや、毎日一回は数分のボロ泣きをする日々である。 仕事があってよかった。 仕事中はあまり考えないで済む。

        • 生きる

          誰かに疎んぜられて生きていたくないから。 誰かに蔑ろにされて生きていたくないから。 私を疎んじる人や私を蔑ろにする人と離れる。

          私に話しかけられたら迷惑なのでは、

          私の人間関係の前提は、私は他者から受け入れられない、ということ。 拒否され、否定され、蔑ろにされる。 でも、本当は誰かに受け入れられたいと渇望していて、これ以上誰かに否定されたくないという思いは、かなり強いのだろう。 だから予防線を張る、 「迷惑かなと思って」。 私が私を嫌いなのだ、 それを、 他者が私を肯定するか?しない。 だから、 私を肯定していた人も、 いずれは否定するはずだと思っている。 自分が賛美されると困惑する。 この人も、もう少し私を詳しく知ったら、私を否定

          私に話しかけられたら迷惑なのでは、

          娯楽

          自分に目を向けるのが苦しいからといって、 自分の退屈を紛らわすのにちょうどいいからと いって、他者を自分の娯楽にするのはいかがなものかと思っている。 他者は私の道具ではない。エンターテイメントではない。 その人その人の人生があって、あるかないかはそれぞれだけど目的なり用事があって生きている。当然、有限の時間だ。 私は私の人生を生きるのが本分。 他者を巻き込まずに、知りたいことを書物から得るもよし、心の赴くままになにかを作り出してもよし。 自分の心の穴を埋めるのに他者を連れて

          荒涼

          子どもにとって親は絶対だ。 神みたいなものだ。 神の言うことは絶対だ。 黒を白と言ったら、白だ。 子どもには親を懐疑する機能は持たされていない。 持っていたら、親の不備を指摘する言動をするだろうし、 それをした瞬間に 衣食住を奪われかねない。 生存戦略として、神に従う、それだけ。 全世界共通、私に限ったことじゃない。 親(以降、神)が私をボロカスに言っていたのだから、 私も私をボロカスだと思うのはごく自然なことだ。 神は私が他者からボロカスに言われてもそれをかばうことはなか

          ひとり

          この人の言葉が聞きたい、と思う人と人生を歩みたい。 そうでなければひとりでいい。 そして、 私の言葉を聞きたい、そう思ってくれる人と人生を歩みたい。 そうでなければひとりでいい。

          粉砕

          挫折を味わう時、心は壊れる。 それが数個の破片であれば、継いで元に戻すこともできよう。 しかし、文字通りの「粉」になるようなこっぱみじんの粉砕だったらどうか。 継いで元通り、というわけにはいかない。 私が離別で感じたのは、心の粉砕だった。 小手先の言葉でちょいと継げば元通りになるような傷ではなかった。 もう元には戻らない粉々の心を抱えて、どうすればいいのか右往左往。涙に暮れる日々。 神様がいるかどうか知りませんけど神様、あと何百cc涙を流せば私は泣かなくなりますか。 何箱

          離別

          離婚という言葉が好きでない。 多分、マスコミや週刊誌がこぞって人の不幸をおもしろおかしく取り沙汰して、下品極まりないという印象が強いからだ。 だから、私は離婚したが、離別という言葉をここで使うことにする。 2名の人間が惹かれ合うとき、その2名は、どこかしらなにかしらが似ているのだと思う。顔がとかそういうことでなく、心のあり方やこれまでに培われた考え方、今後の見通しその他。なにかしら通ずるものがあって、共感して、生活を共にすることができるのだと思う。 それがいつしか、年月を過