「しあわせ」のかたちって(タカシ君のこと)



 新型コロナの影響でずっと会えなかった 20代のタカシ君と2年ぶりに会って話す事がで きました。

繊細な彼は中学でつまずき、その後フリースペースに来て人と接する機会も増えました。
し かし、大学受験でまた外に出にくくなり、今に至ります。

それまで外に出るのが難しい彼は、一念発起して内職を始め、1年以上。
彼の丁寧な仕事は とても評価が高かったようです。しかしとにかく単価の安い仕事。1年やって、繁忙期の責任 を全うしてやめたそうです。そして次の段階として「自宅でできて収入アップの仕事に変えた い。」ということでした。
この時はまだ外に出るのは少し不安のようでした。

その間、同居の寝たきりのおじいさんの介護も淡々と丁寧にこなしてきたタカシ君。おじい さんは先ごろ「ありがとな」と感謝の言葉を残して亡くなったそうです。

家からはあまり出られない この時期、タカシ君はそんな経験を乗り越えてきていたのでした。

経験の上に立ち、少し自信を増したタカシ君の様子は・・・。
しっかりと相手の顔を見ながら話すタカシ君。
自分のこれまでのこと、今の状況を話してく れました。

自分ではいまだに、同じ生活の中で「変化」が見いだせていなかったようです。
し かし私の目にはその様子が「確かな明るい変化」として映ったのでした。


そして次の週、家族面談において今度はお母様が家族の思いやりにあふれたのどかな日常の 様子を話してくれました。「そんな心優しい彼が家に居てくれて安心だろうな。」と感じ、最後 に思わず 「今、しあわせですか?」ときいてしまいました。
お母様からは、即座に笑顔で「はい、しあわせです。」という答えが返ってきました。 相変わらずタカシ君が外に出ることは難しい。それでも心優しい彼が希望をもって一歩一歩 ゆっくりではあっても進もうとしている。
そして家族同士の思いやりの中で生活をすることが できている。

そんな日常を彼女は「しあわせ」と感じているのですね。
不登校から始まって長い年月かけ て、家族という単位で温かい人間関係をつくっている人たちの心からの声として私には響いて きました。

「しあわせ」の形っていろいろな形があっていいのですよね。
それは世間が「しあわせ」と「認定」している状況とは違っていたとしても、です。
今の状況 を「しあわせ」と感じられるその感性がすてきです。
自分もそんなふうに感じられる「柔らかい心」を持ちたいと思ったのでした。

(文中ではプライバシー保護の観点から仮名とし、内容も多少変えてあります

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